第8回 ブレグジットBrexit交渉における紆余曲折(4)

結局、10月末日のEUからの離脱は現実せず、3回目の期限延期という結果になりましたが、今回の3年にわたるEUからの離脱騒動の影響は、英国経済に深刻なインパクトを与えています。今回の離脱騒動劇は、日系企業にもあきらめと驚きをもって受け止められています。英国に進出しているエプソンも含め、日本企業は今後の対英戦略の練り直しを迫られています。

英国政府は10月中旬、前メイ首相が昨年11月に欧州連合(EU)と合意した離脱協定案に代わる非公式の提案文書をEUに提出したことを明らかにしました。英国がEUの関税同盟に残らなくても、厳格な国境管理を避けることができるとする内容であるとしていますが、本当にそのようなものが考えられるのか定かではありませんでした。英・EU双方の要求を満たすことを目指した提案とみられ、EU側の反応が注目されますが、ジョンソン首相は、輸出入の際に北アイルランド国境上で税関検査をしなくてもすむ方法を提案したと報じられました。英国政府とEUが昨年合意した離脱協定案は、英領・北アイルランドとアイルランド間の厳格な国境管理を避けるとしており、境界審査の非厳格化は新提案でも踏襲されているはずです。

英国がEUから離脱した場合には、ただ離脱するだけでなく英国とEUメンバー国の間で関税が復活します。自動車については、英国からEUメンバーに完成車が輸出される場合には10%の関税がかかり、EUメンバーから完成車が英国に輸出される場合には、英国が関税率を変えない限り同じく10%の関税がかかるようになります。
また、戦略的には英国はEUからの離脱によって、関税率をEUと異なる税率に変えることもできるようになります。ただ、EUとして約束した税率に英国は拘束されるので、変更する場合はWTOにおける協議事項となり独自に関税率を上げることは簡単にはできないはずです。

英国がEUメンバーとの間で無税での輸出を継続するためには、FTAを締結することが必要になりますが、その場合には原産地規則を満たすことが必要になるというのが通常の理解となります。ところが、英国政府が出している発想は異なるようで、原産地規則を設定する代わりに、EUと英国の間で”Facilitated Customs Arrangement”という合意を結んで、EU以外から英国に入ってくる物品について、最終的な目的地に応じてEUか英国の関税率を払うことによって、迂回の問題を回避し、EUと英国の間の物品の行き来は自由にしようというアイディアのようです。多くのFTAの場合には、もともと当事国の間には関税が設定されていて、その関税を撤廃する代わりに原産地規則を設定するという流れになりますが、Brexitの場合は、もともと物品が自由に流通していたところに何らかの制約を課すわけだから、今までの考えに沿わない提案が出てくるのも理解できないわけではありません。北アイルランドにEUルールを適用する点については英国がEU側に譲歩した形です。北アイルランドでは、1960~90年代にカトリック系とプロテスタント系の住民の対立が武力紛争に発展しました。現在の和平の枠組みを守るため、英国とEUは国境で検査を行わずに済む方法を検討してきた経緯があります。EUは、通関事務が完全になくなるわけではないので、紛争再燃のリスクは消えないとの立場でいるようです。

その後、修正案が徐々に明らかになってきました。修正案では、北アイルランドに限り、農産物や工業製品などの輸入物品にEU単一市場のルールを適用するとしています。英国がEUの関税同盟を抜ければ国境での物品検査が必要になりますが、北アイルランドだけ関税同盟に残り通関検査を不要にするとしています。それは北アイルランドと英国の間の海上に通関管理線を置くという今までにない考えで実現できるとしているようです。
今後はジョンソン氏の行動に注目が集まりそうですが、彼は12月に下院総選挙を実施するとしています。最近の世論調査ではジョンソン保守党が政党別で1位の支持を集めています。一方最大野党・労働党は、2度目の国民投票等を掲げるコービン党首が提案した方針を承認しました。承認された方針は、

① 総選挙で勝利して政権に就いたうえで、EUと新たな離脱協定案を結ぶ。
② 協定案に基づく円滑な離脱かEU残留かを2度目の国民投票にかける。

とする内容です。

私が1970年代英国工場の工場長に赴任したころはEU(European Union:欧州連合)ではなく、EC(European Community:欧州共同体)でありましたが、経済的にはすでにいろいろな統合がされており、企業としては立地するに都合の良いところでした。まさか現在議論されているような歴史の歯車を巻き戻す動きが出るとは思いませんし、もりEU離脱が現実になると私としては裏切られた思いになると思います。今後の動きを注視したいと思います。

次回からは、「私とマネジメントシステムそしてISO」Part2を開始したいと思います。

(終り)