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第28回
さて、ISO9001の国際会議に話題を変えたいと思います。TC176の会議に最初に出席したのは、2000年に行なわれた京都会議でした。
話はISO9001規格の2000年改訂になります。ISOは原則5年に一度規格を見直しして最新のものに改訂するというルールを持っています。しかし、厳密に5年に1回改訂されるわけではありませんので、当時の例でも2000年の前の規格は1994年に改訂されていました。したがって、既に6年も経っていました。
ISO9001:1994規格のタイトルは次のようなものでした。
<ISO 9001:1994>
Quality Systems ― Model for Quality Assurance in Design, Development, Production, Installation and Servicing
品質システム ー 設計、開発、製造、据え付け及びサービスにおける品質保証のモデル
ところが2000年版のFDIS(最終草案)では、規格のタイトルを次のようにしたいという変更が提案されていました。
<ISO 9001:2000>
Quality management systems - Requirements
品質マネジメントシステム ー 要求事項
結果、この変更案は多数決で採用されることになるのですが、この規格タイトルが<品質保証>から<品質マネジメントシステム>へ変更になったことは、その後の組織のマネジメントシステム構築、運用に大きな影響及び課題を突き付けることになりました。
◆ 飯塚国内委員長の疑問
2000年から、既に述べたように私は日本規格協会からISO9001 / TC176の日本エキスパートとして国際会議に派遣されるようになりました。なぜか国際会議の出席者には「日本エキスパート」という名前が付けられていました。日本エキスパートはすばらしい言葉の響きで、なんとなく地位の高いイメージですが、実際は「日本代表団の一人」が正しく、5,6名が(いつも若干のメンバーが入れ替りながら)毎年国際会議でISO9001規格について議論をしていました。私は10年間担当させていただきましたが、そのときの日本代表団の団長は常に飯塚先生でした。
今でも覚えていますが、国際会議が終わると必ず国内委員会が開催されます。日本エキスパートに加えて産業界からのメンバーが参加して、総勢20,30名の会議が年数回行われました。
現在でも基本的には同様な構造が保たれていると思いますが、その国内委員会で飯塚先生が「本当に品質保証を品質マネジメントシステムに変えてよいのか」と疑問を呈し、日本国としての今後の投票の参考にしたいということで、品質保証というタイトルを残すか、品質マネジメントシステムというタイトルに変えるか、2つのうちどちらを選ぶのか挙手を求めました。
20年後の今でこそ飯塚先生の疑問は理解できるのですが、当時の私は品質保証よりも品質マネジメントシステムのほうが組織に浸透すると考え、後者に手を上げました。30名くらいの7割がたが後者であったと記憶しています。
この品質保証から品質マネジメントシステムに規格タイトル及び内容が変わったことで、環境、安全衛生、情報セキュリティなどすべての分野の規格も同様にマネジメントシステムというタイトル、内容になりました。
その結果、多くのマネジメントシステムが溢れることになったのです。このことがどのように組織に影響を与えたかはまたの機会にお話しします。
◆ 日本の主張
2021年の最近になって、20年も前の2000年の京都総会でのことを飯塚先生からお聞きする機会がありました。
「委員会での状況は覚えていません。2000年というと改訂直前ですから、委員長は久米先生だったと思います。6月末~7月初めの暑い京都でのTC176総会のあと委員長になったように記憶しています。もっとも、実質的なこと、とくにSC2のことは任されていましたが。国内委員会の意向を確認したことは覚えています。2000年改訂規格の性格について大いなる疑問を持っていましたから、何回か確認したと思います。QA(品質保証)は目的です。ISO9001はそのためのMS(マネジメントシステム)規格です。しかし、変更提案のようにISO9001がQMS(品質マネジメントシステム)となったら、品質に関する何らかの手段となりますが、(QMSが)何のための手段なのか、そのScopeやレベルが不明確になるし、それが本当に社会ニーズ(顧客企業ニーズ、社会の期待)に応えことになるのか確信が持てませんでした。
もっとも、ここでのQAはISOの世界におけるQAで、日本の考え方のQAに比べればかなり狭いものです。すなわち、ISOのQAは、約束した品質の(=要求仕様通りの)製品・サービスを提供できる能力があることを実証することによって顧客に信頼感を与える活動です。」
◆ 品質保証とは
飯塚先生の述懐は続きます。
「日本におけるQAがどういう意味か考えてみると、
□約束した品質の製品・サービスを提供できる「能力」
- 約束した通り(要求仕様通り)の製品・サービスを提供するための、システム(プロセス・経営資源、フレームワーク)がある。
- それが妥当であることを確認してある。
- きちんと実施している。
- そのアウトプット(=製品・サービス)が要求仕様通りであること確認している。
- 何かあったら適切に処置している。
- 応急処置(ISOでの修正)
- 再発防止・未然防止(ISOでの是正処置、予防処置)
□実証
- 上記のシステムの存在、妥当性の実証
ISO 9001基準の意図通りのシステムの記述文書(=品質マニュアル) - その通り実施したことの証明
記録など
ISOの定義しているQAよりも相当広い意味で日本におけるQAは使われてきました。」
「なお、日本は、2000年版ISO 9001への投票で反対をした唯一の国でした。京都でのTC176総会において、規格原案文書準備、(ガス抜きのための)会議場の設定など、準ホスト役で多忙でしたが、チェアマン・アドバイザリー会議のメンバーは、私によってたかって賛成するように説得して、反対ゼロにしようとしました。でも曲げませんでした。2020年の今の現況を見るに、それが良かったどうか確信は持てません。要求事項規格(shall規格)ですから、買い手が売り手に要求する最低限のシステム要求事項にとどめるべきと判断してのことだったのですが、皆さん、規格の性格というものを分かっておらず、もっと広範で高レベルのシステムモデルにすべきと思ったのでしょう。それを表現したかったら、ISO 9004の方で実現すべきと思っていました……。」
(つづく)