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株式会社テクノファ
取締役会長 平林良人
ISO/PC 283 日本代表
はじめに
ISO(国際標準化機構)の長年の懸案であった「労働安全衛生マネジジメントシステム規格(OH&SMS:Occupational Health and Safety Management System Standard)」が発行された(2018年3月)。その規格番号はISO 45001:2018 であり、ISOがOH&S国際規格の開発を検討してから実に20年の歳月が経った。
1.ISO 45001制定の経緯
OH&Sの国際規格化の話題が出た最初は、1994年5月ゴールドコースト(オーストラリア)で開かれたISO/TC 207(環境マネジジメントシステム規格技術専門委員会)第2回総会であったとされる。「環境マネジメントシステム(EMS)規格」の開発は、1992年から始まったが、この2回目の総会では、規格のスコープ(適用範囲)の議論をした。EMS規格もOH&SMS規格も、劇物毒物、有機溶剤、騒音、廃棄物などを扱うので、両者の適用範囲の区別をどうするか議論された。議論の大勢は、組織の外に対してはEMS規格で、内に対してはOH&SMSでというものであり、外向けの規格(ISO 14001)を作るなら内向けの規格も作るべきである、ということで、1996年9月にジュネーブで各国の利害関係者を集めたワークショップが開催された。
OH&SMSのISO規格化については、賛否両論に意見が分かれたが、参加各国のアンケート結果は、賛成33%、反対43%という結果であった。1997年1月末、ISOはこの案件を時期尚早として当面見送ることに決定した。
1998年9月に開かれたISO総会で2回目の国際規格化の動きが起きた。各国のOH&SMSに関する規格開発状況の調査を行い、国際規格化を検討する決議が採択されBSI(英国規格協会)はISOにOH&SMS規格制定の提案を行った。投票の結果は、BSI提案の否決となり、BSIは国際コンソーシアム組織を各国に呼びかけ1999年4月にOH&SMSの審査登録用基準としてOHSAS18001を発行した。
一方ILO(国際労働機関)は、2002年の理事会でOS&HMSに関するガイドライン(ILO-OSH 2001)を承認した。
その後もOH&SMSのISO規格化の提案が行われたが、いずれの提案も否決され12年の時が経っていった。この12年に渡る年月の中で、OHSAS18001に基づく第三者認証の数は着実に増えていき、2013年に入るとOHSAS18001認証数は100カ国以上で15万件以上を数えるまでになった。
2013年、BSIは世界での普及実績を背景に、OH&SMSのISO規格化のNWIP(New Work Item Proposal:新作業項目提案)を申請した。それに連動するかのように、ISOとILOは労働安全衛生の国際規格の取扱いについて新たな協力関係に関する合意書を交わした。
ISOはILOとの合意に基づき、ISO/PC283(労働安全衛生マネジメントシステム技術専門委員会)第1回総会がロンドンで開催された。この会議で、ISO 45001の開発はISOマネジメントシステム規格の共通テキスト(ISO/IEC Directives Part1, Annex SL:附属書SL)に基づいて行われることが決定された。ISO/PC 283は、その後5年間規格開発の活動を継続し、その結果2018年3月にISO 45001が発行された。
2.ISO 45001:2018の特長
20年に渡る長い経過の末開発されたISO 45001は、ILOとの協力関係から生まれた国際労働安全衛生の長い歴史に支えられ部分と、ISO自身が策定した「附属書SL」の枠組みという部分からなる部分など、いろいろな要素が混在したものになっている。
ISO 45001の特長の概要は次のようなものである。
2.1 ILOのILSの順守
ILOは、1919 年の設立以来、最低労働基準の設定など数多くの国際的取り決めを主導し、条約及び勧告を制定してきた。ILSとは、“International Labor Standard :国際労働基準”の略であり、働く人の労働条件、労働環境などに関しての条約及び勧告のことをいう。
ISO 45001を開発する途上で幾つかの論点が浮上したが、その際にはILSとの整合性が議論された。ILSの取り扱う分野は広範囲にわたり、結社の自由、強制労働の禁止、児童労働の撤廃、雇用・職業の差別待遇の排除といった基本的人権に関連するものから、三者協議、労働行政、雇用促進と職業訓練、労働条件、労働安全衛生、社会保障、移民労働者や船員などの特定のカテゴリーの労働者の保護など、労働に関連するあらゆる分野に及ぶ。
ILOのメンバーは政労使の三者構成を取っており、OH&SMS規格を開発しうる団体としては最も有力な組織であり、国際会議では次のような主張をした。
- ① 使用者は、適切なときは、国内法令及び国内慣行に従って安全衛生委員会を設置すること、これを有効に機能させること、及び安全衛生に関する働く人代表を承認すること。
- ② 災害防止プログラム及び健康促進プログラムの策定を推奨すること。
- ③ すべての参加者に対して費用を求めることなく教育訓練を就業時間中に行うこと。
- ④ 危険源及びリスクを管理するために、予防処置及び防護処置の実施を推奨すること。
- ⑤ 組織の安全衛生要求事項は、購入仕様書及び賃貸仕様書に取り入れること。
- ⑥ 組織の安全衛生要求事項は、請負業者にも適用されること。
- ⑦ 監査者の選任について協議すること。
- ⑧ 継続的な改善を達成すること。
2.2 附属書SL(共通テキスト)の採用
「附属書SL」は、ISOが2012年に制定した文書である。附属書SLは別名「共通テキスト」とも呼ばれ、現在30種余あると言われるMSS(Management System Standard:マネジメントシステム規格)すべてに適用される規格作成専門家向けの指針文書である。代表的なMSSである、品質、環境、情報セキュリティ、食品、ITサービス、教育、イベント、アセット、社会セキュリティ、エネルギー管理、道路交通、事業継続、労働安全などに適用される規定である。ISO マネジメントシステム規格を複数運用している組織は少なからずあり、2010年に日本規格協会が3,000件を対象に調査を行った結果,約50%の組織がISO 14001とISO 9001の両方を運用していると答えている。
単一の組織が複数のマネジメントシステムを運用する中から,それぞれの規格の要求事項や用語及び定義が少し異なっている,あるいはうまく合致しない部分があると感じるユーザが出てきた。ISO 14001とISO 9001だけをとってみても,PDCAモデルやプロセスアプローチといった方法論から構造,用語に至るまで,両者の間には大小様々な差異があり,1つの組織が複数のマネジメントシステム規格に適合しようとするときに非効率,あるいは誤解や混乱を招く恐れがあると言われてきた。
そこで、ISOはISO/IEC専門用業務指針(規格作成者専門家向け)SL項に「上位構造、共通用語、共通文書」という共通の構造/用語定義/文章を要求するものを発行したのである。附属書SLでは、従来序文に書かれていたマネジメントシステムの本質、意図が要求事項として採用され、組織はマネジメントシステムを構築する意図並びに成果を自問自答しなければならなくなった。ISO規格はあくまでもモデルであって実際に存在するものではなく、実在する組織の事業活動に取り込まなければならないという要求も新設した。組織はマネジメントシステムの2重構造を無くし、マネジメントシステムの結果がパフォーマンス向上という形で組織に価値を与えることを意図した。