平林良人「ISO 9001 有効活用のためのビジネス改善ツール」(2005年)アーカイブ 第52回

3.10 TQM

本書の最後の手法にTQMが取り上げられている。そこの書き出しには、「TQMは改善、すなわち日本の継続的改善の哲学に基づいています。1960年代後半、西洋の組織は長い間低品質で安価な物を生産することで知られていた世界の一部(日本)からの競合に直面し、世界の日本式への関心が増加しました。安いだけではなく、高い品質とスペックをもった商品を作り出す、新しい競合相手が突然に存在することになりました。革命は、Deming博士及びJuran博士の2人のアメリカ人によって導かれましたが、彼らはそのアイディアの創案に対して報酬を受けとったわけではありませんでした。」とあるように、彼らがTQMと呼んでいるのは、日本式TQCのことである。

日本式TQCは、1996年にTQMと名称を変えるが、欧米の研究者たちはかなり前から、日本式TQCにsomething newを加えて(あるいは何も加えずそのまま)TQMと呼んでいたようである。1980年、デミング博士が「日本の競争力を強化した功労者」と紹介されてから、アメリカでは明確に日本式TQCに象徴される総合的品質管理をTQMと呼称するようになったという。
では、ファイゲンバウム(A.V.Feigenbaum)が、1961年にその著書「TQCの概念化:総合的品質管理 ; Total Quality Control」で定義したTQCはどうなったのか。ファイゲンバウムのTQCは日本において日本式TQCに進化し、その後アメリカに里帰りしてTQMとなった。そして、今度は日本がTQCという呼称をTQMに変更した。過去50年のTQCの遍歴をみてみると、正しく歴史は繰り返す、という具体的事象をみる思いがする。

(参考文献)

  • 吉川武男「バランス・スコアカード構築」2003年、生産性出版
  • 稲垣公夫訳(ウォ-マックとジョンズ著)「リーン・シンキング」2003年、日経BP社
  • 桑名一央訳(J.M.Black他共著)「Management Development Course」1966年、実務教育出版
  • アメリカ Personnel誌 1954年9月号
  • 三本木亮訳(E.M.Goldratt)「ザ・ゴール」2001年、ダイヤモンド社
  • 小林英三訳(M.L.Srikanth他共著)「シンクロナイス・マネジメント」2001年、㈱ラッセル社
  • 山田秀編「TQM・シックスシグマのエッセンス」2004年、日科技連
  • 土岐坤他訳(M.E.Porter)「競争優位の戦略」1985年、ダイヤモンド社
  • 中嶋清一著「生産革新のための新・TPM入門」1992年、(株)日本プラントメンテナンス協会

第4章 Q-Japan構想

解説第1章から第3章までみてきたように、本書「ISO 9001有効活用のためのビジネス改善ツール」に紹介されている各種経営改善ツールの多くは、日本式TQCにそのルーツをみることができるが、世界は目まぐるしく変化し、進化している。オリジナルは自分にあると自慢していても、誰かがそれを改善していき、いつの間にかオリジナルを超える存在ができ上がっている、ということはこの世のならいである。

日本式TQCもどうやらその道を辿りつつあるようだが、多くの手法はまだまだその輝きを失っていないと思う。飯塚悦功(2003~2004年、日本品質管理学会長)は2004年、日本品質管理学会誌「品質」に「Q-Japan構想」を発表した。

  • 「“品質立国日本”“ものづくり大国日本”の相対的地位が落ちている。アジアの台頭に対し工夫の余地のない人件費格差を指摘する向きもあるが、“ジャパン・アズ・ナンバーワン”とおだてられていたころから日本の人件費は高かった。地位低下の原因は成熟社会・経済における産業構造の変化に伴う競争優位要因や事業収益構造の変化に、わが国の社会・経済構造が追随できていないという構造的ギャップをかかえ、いまもってこの構造的不整合が解消されていないことにある。
  • こうした中で品質に対する理解も熱意も落ち、企業での取り組みにおいては、教育・訓練投資の減少、品質にかかわる常識の低下、品質常識・改革意識の低下が起きている。日本は品質で生きるのが得策である。かつての品質立国日本再現のために現状をどう打破すればよいのか、ビジネス環境の変化、日本や日本人の特質を踏まえ品質立国日本再生のためのシナリオを考察する。」

飯塚は解説第2章において説明した日本式TQCを次のように評価し、総括している。

  • 「“品質立国日本”“ものづくり大国日本”の相対的地位が落ちている。アジアの台頭に対し工夫の余地のない人件「良いものを安く大量に作って長期的利益をあげるには、『品質』という考え方が本質的である。大量に作れるためには実は大量に売れなければいけない。『良いもの』とは、製品の受け取り側にとっての良いものである。こうした『お客様』という考え方(品質概念)を普及・啓蒙してきたのが近代の品質管理でありTQCであった。(中略)管理、マネジメントというものは、実は非常に難しい概念である。TQCはPDCAを回すプロセス管理、源流管理、事実に基づく管理などいろいろいって、管理の深遠なる意味を普通の人々でも理解し実践できるようにした経営ツールであるとも位置づけられる。全社で『品質管理』を遂行していくには高度な思想や方法論が必要である。これらをわかりやすく実施可能な形で提供し大衆化に寄与したのがTQCであった。それが経済成長・市場拡大期に必要となる企業経営における価値観・方法論と合致し、その結果として多大な寄与をしたと総括してよいだろう。」