本来マネジメントシステムは1つ、そして結果を出すためのものの筈

 マネジメントシステムは、本来、組織にとって1つです。品質マネジメントシステム(QMS)や環境マネジメントシステム(EMS)などが別々に存在する訳ではありません。
組織に複数のマネジメントシステムが存在することは、ダブルスタンダードあるいはトリプルスタンダードになっていることを意味し、マネジメントの非効率性を招くことにもなりかねません。組織には、顧客へ製品又はサービスを提供するための本来の事業プロセスがあり、その中で同時に「顧客満足を高める」、「環境に配慮した事業を行う」、そして「従業員の安全を守る」ことを実施しているのです。その最もよいバランスの中で事業を進める仕組みこそが、あるべきマネジメントシステムなのです。
 これまでのISOマネジメントシステムは、QMSやEMSなど、それぞれの専門家が規格を作成してきたので、規格の種類によって要求事項が少し異なることもありました。今回、それを事業プロセス中心という本来の形に戻すために、品質・環境・労働安全衛生などのマネジメントシステムのコアとなる部分を共通化(附属書SLに示されている)し、これをベースに各規格は作成されました。つまり、2015年版改正は、事業を中心とするマネジメントシステム本来の形に戻すという主旨に沿ったものです。
 改正において、もう1つ重要なことは、成果又は結果を出すことの強調です。いくらかっこよい仕組みをつくっても、「良い製品を安定して提供」「環境を良くする活動」「従業員の安全確保」などにつながっていないと意味がありません。
組織経営にとって必要な“意図した成果を出すこと”を目的にマネジメントシステムをつくり、活動し、その結果を検証・評価し、必要なアクションをとり成果につなげることを、ISOマネジメントシステムは求めています。マネジメントシステムの有効性とは、その意図した成果を出すことです。

ISO14001の基本は2015年版になっても変わっていない

 テクノファでは、ISO14001:2004の要求事項の関係あるいは仕組みを、図-1を用いて説明してきました。要点は、以下の通りです。

  • 1)いろいろ要求事項はあるが、メインの流れと活動を支援する活動を分けて考えるとよい。活動の中心は当然「メインの流れ」の部分であり、このメインの部分を効果的、効率的に運用するために「支援」の部分がある。
  • 2)EMSの「メインの流れ」は、PDCAのサイクルを回すようにできている。環境上の問題点・課題を理解するために、まず環境側面並びに法的及びその他の要求事項の特定から始める。これを改善すべく目標を立てて、事業活動の中で達成を図る。
  • 3)環境の規格なので、「メインの流れ」に「環境」という用語が入っているが、これを外してみて欲しい。すると、問題点・課題を明確にし、これを改善するための活動を推進することになるが、実は、これは通常の業務のプロセスと同じであり、すべてのマネジメントの共通部分である。言うなれば、前記の附属書SLで示されるコアの部分である。

 次に、2015年版の仕組みを図-2に示します。これを図-1と比較すると、2015年版の特徴が見えてきます。基本は変わっていないこと、そして主な変更点が分かります。

  • 1)「支援」の部分を箇条7に集め、PDCAのサイクルを回すべき「メインの流れ」を明確にした。これは、2004年版のテクノファの整理とほぼ同じであり、基本の流れは変わっていないことが分かる。
  • 2)「メインの流れ」の2015年版の大きな特徴は、環境側面等からスタートするのではなく、先ず組織の状況、即ち内外の課題並びに利害関係者のニーズ及び期待の理解から始めている点である。
    「環境」は事業の一部であるから、組織の事業環境を理解せずにEMSを構築することはできないということで、組織の状況の理解からスタートする。
  • 3)確認された組織の状況に伴うであろう潜在的なリスク及び機会を決定し、これへの取組みを求めている。上記の「組織の状況の理解」からスタートすること、及びこの「リスク及び機会」の視点が、今回の主な変更ポイントといえる。これへの対応以降のプロセスは、2004年版から大きく変わったわけではない。
  • 4)「環境」は事業の一部だから、EMSの推進役は事業のトップマネジメントである。戦略を立てリーダーシップを発揮する必要があり、このことが要求事項として明示された。

「組織の状況の理解」とは

 主な変更点を少し深掘りしましょう。2015年版の規格は、組織の課題(箇条4.1)をきちんと認識し、その課題にも対応できるようにISOマネジメントシステムをつくり、事業活動の中で運用することを意図しています。それは事業を効果的・効率的に展開する際に、ISOマネジメントシステムを活用することができるからです。
 もう1つの視点が、利害関係者のニーズ及び期待(箇条4.2)です。規格の後ろに出てくる「顧客要求事項」や「法規制」だけでなく、顧客や株主、仕入れ先、地域社会、行政機関の方々が組織に対して、“何を要求し何を期待しているのか”を理解し、それに対してどう取り組むのか、これを戦略として考える必要があります。一方で関係者の期待をすべて満たすことはできないので、何を優先的に行うかを組織の戦略として決めていきます。
組織の経営のためには、組織の課題、利害関係者の要求事項をベースに戦略を立て、期待する成果は何かを明確にし、これを達成するためのマネジメントシステムを確立することが肝要です。

「リスク及び機会」の決定は、シンプルに整理してよい

 規格は新たに“「リスク及び機会」を決定する”ことを求めていますが、研修機関の教材や雑誌の記事ではいろいろなことを説明しており、これが理解を難しくしている気がします。
 素直に規格の箇条6.1.1を読めば、「リスク及び機会」の発生源は、環境側面(6.1.2)、順守義務(6.1.3)並びに4.1及び4.2で特定した他の課題及び要求事項です。
そして環境側面及び順守義務(法的及びその他の要求事項)は2004年版でも取扱い、既に管理しています。
箇条6.1.2の注記にあるように、著しい環境側面は結果として「リスク及び機会」となり得ます。有益な影響をもつものも含む著しい環境側面は、環境目標に取り込み改善するか、又は維持管理される、すなわち必ず管理されるということです。
また「著しい環境側面」を決定する際、多くの組織は、順守義務の情報も活用しています。その際には、順守義務への違反の恐れ(これはリスクです!)があれば環境影響が大きいと判断していると思いますが、このように決めている組織の場合には、「著しい環境側面」は順守義務に係るリスク及び機会をも取り込んでいることになります。
 これに関連して、ISOタスクグループにてISO 14001改正プロセスの過程で合意した推奨事項に基づいた「ISO 14001:2015についてのよくある質問(FAQ)」の参考訳が日本規格協会から発行されています。ここでは、「6.1.4 において取り組む必要がある“リスク及び機会”を決定するための第2段階の“選別”を著しい環境側面(6.1.2 のアウトプット)又は順守義務(6.1.3 のアウトプット)に課す必要があるということを意味しないことで合意した。組織は、課題に関連するリスク及び機会、著しい環境側面、並びに順守義務を別々に、又はまとめて決定できる」との説明があります。
すなわち、2004年版で決定していた「著しい環境側面」と「順守義務」はそのまま用い、それに加えて今回、4.1と4.2に関する「リスク及び機会」を単純に追加するだけでもよいことが分かります。組織によっては、どのように「リスク及び機会一覧表」をつくるか悩まれているところもあるようですが、別々の表として作成することでも構わないということです。
付言すれば、決定した「著しい環境側面」一覧からわざわざ「リスク及び機会」を選び出すことまでしなくてもよいということです。「著しい環境側面」を管理することは、結果として、それに含まれる「リスク及び機会」をも管理しているからです。
 下から積み上げ決定していた「著しい環境側面」はそのまま使用し、今回これに組織の状況に係る4.1と4.2に関する「リスク及び機会」を追加決定すればよいということです。そして、この両方への取組みを6.1.4に従って行うことになります。

4.1及び4.2に係るリスク及び機会とは

 次に、「4.1と4.2に係るリスク及び機会」を考えてみます。
多くの会社では、中長期の経営計画を持っています。環境に関しても中期の環境行動計画を立てている組織は少なくありません。更にいえば、組織として総合的なリスク管理を行っているところも多いし、マテリアリティ(重要課題)の特定及び管理を行っている組織もあります。中期経営計画や環境行動計画を立てる際には、当然、いろいろな形で組織内外の課題は何か、また利害関係者が組織に対して何を期待し要求しているかを調査し分析します。そして、それに伴うリスク及び機会が何かも十分検討し、それへの対応方法を含めて各計画を立てているはずです。
 つまり上記のように、中期経営計画や環境行動計画を有している組織では、それを確定していくプロセスの中で、組織の課題や利害関係者の要求事項を認識し、並びにこれに関連するリスク及び機会を考慮に入れているので、このプロセスをマネジメントシステムの中で明確にし、そのアウトプットが何かを示せばよいということになります。新たに何かするのではなく、実施していることを規格要求事項に沿って分かりやすく表せば、それでよいということです。

リスク及び機会への取組みが肝要

 「リスク及び機会」を決定することが目的でなく、当然これへの取組みが肝要です。
箇条6.1.4によれば、対象は著しい環境側面、順守義務及び6.1.1で特定したリスク及び機会です。著しい環境側面及び順守義務に関しては、前述の通り、各組織とも2004年版のEMSにて対応しているはずですから、2015年版で追加すべきは、6.1.1のリスク及び機会ということになり、つまりは「4.1と4.2に係るリスク及び機会」と考えればよいでしょう。そしてこの分について、新たに環境目標に取込むか、あるいは維持管理を行うかを決めていくことになると思います(図-3)。そして、その大きな項目は、多分中期経営計画又は環境行動計画などに取り込まれているものと思います。
 また、環境目標を達成するための取組み(アクションプラン)の策定が求められています。しかし、本来環境目標は事業目標の一部ですから、組織の事業目標又は事業計画の中に環境目標及びアクションプランが含まれているはずです。この場合にはもちろん、別様式の環境目標や取組み計画などを作成する必要はありませんし、むしろ事業計画1つにまとめることが望まれます。事業目標は、結局環境目標や品質目標などを通して達成されることが多いということを図-4が例示しています。

規格の変更点は、意図した結果を出すための事項が増えたこと

 2015年版規格では、「手順」の要求がなくなり、すべて「プロセス」に変わりました。この狙いは、そのプロセスの意図した結果をきちんと出すことにあります。
「手順」というと、とかく手順通り行うことが重要と考えてしまう方がいますが、そうではなく、そのプロセスを通して意図した結果を出すこと、言い換えれば、付加価値をつけることの重要性を示すための変更です。
今まで説明してきた以外の2015年版の変更点、追加事項は、ほとんどがEMSを通して有効な結果を出してもらうために敢えて規定している内容です。従って、この趣旨を理解して頂き、事業の成果につながる活動をして頂きたいと思います。

著者経歴

氏名:小野 隆範



東北大学工学部機械工学科卒業
日本鋼管㈱において、鋼管の品質設計、
製造、品質保証などに従事。
全社の品質保証推進室長、
インターナショナル・ライト・メタルズ社副社長、
日本鋼管テクノサービス㈱常務取締役管理技術事業部長などを歴任。
1996年から㈱テクノファのISO 14001審査員研修コースを20年以上担当。
著書に、「統合マネジメントシステムのつくり方」
「ISO 14001規格のここがわからない」(共著)
「環境側面と環境技術」(共著)(いずれも日科技連出版社刊)などがある。