平林良人「ISO9001内部監査の仕方」アーカイブ 第5回

これは1994年に日科技連出版社から出版されたものです。以下は本書の趣旨です。
「第三者である審査登録機関が,6カ月おきに,審査登録した会社(組織)に対して立入調査をするのが代表的なフォローアップの仕組みであり,サーベイランスと呼称されている。審査登録を済ませた会社は,この仕組みによって半ば強制的に,確立した品質システムを見直しさせられる。しかし,外部からの圧力によって品質システムの見直しを実施するというのは,ISO 9000/JIS Z 9900シリーズ規格の本来の考え方ではない。ISO 9001 / JIS Z 9901規格の条項中に次の規定要求事項がある。
『「4.1.3 マネジメント・レビュー(経営者による見直し):執行責任をもつ供給側の経営者は,この規格の要求事項及び供給者が定めた品質方針及び品質目標を満足するために,品質システムが引き続き適切,かつ,効果的に運営されることを確実にするのに十分な,あらかじめ定められた間隔で品質システムの見直しを行うこと。この見直しの記録は,保管すること。』
このことを経営者は肝に銘じて内部監査を自分の代行として行うことを組織内に徹底することが肝要である。」


第3章
内部品質監査の準備

3.1 環境整備と内部品質監査員の育成
内部品質監査の準備でまず掲げなければならないものは,内部品質監査で最も大切なものの1つである環境の整備と内部品質監査員の育成である。

3.1.1 環境の整備
内部品質監査は自己矛盾を暴く非常に骨の折れる活動である。自分たちが定めたルールが実際にはその通りに実行されていないことをチェックしようとするわけであるから,人によってはつい目を背けたくなる活動である。しかも継続的に展開していかなければ意味がない。
職場の中にはいろいろな問題がある。理論通りにいかない現実がそこには横たわっている。事業が存続しての品質管理であり,会社が存続しての品質システムである。文書化した品質システムを追求しても,事業が途中で挫折してしまったら何の意味ももたない。経営者には,そんな2次的な活動よりも商品開発,売上向上のための営業活動などの1次的な活動に重点をおいたオペレーションをしていかなければ経営者失格であるとの思いが強いかもしれない。
この1次的な活動のことを固有技術といい,2次的な活動のことを管理技術という。
しかし,品質の安定しない商品・サービスが,安定した事業の商品になりうるだろうか。世界中で唯一の商品を保有しているなら,経営資源を投じて高コストの品質安定を得ることも可能かもしれない。しかし,それも長くは続かないであろう。必ず競争相手が現れてきて,いかに低コストで品質を確保することが大切であるかを痛感するに違いない。
固有技術と管理技術は経営という車体を支える2つの車輪であり,この2つの車輪があってはじめて方針(policy)という案内(Guide)に沿って車体は力強く進んでいけるのである(図3.1参照)

図3.1 固有技術と管理技術方針 経営 固有技術 管理技術(略)

内部品質監査は,この低コストで安定した品質を製品・サービスに確保する最も効果的な管理技術の一つの方法である。

  • ① 内部の要員を活用しての活動であるので資金が外部に流出しない。
  • ② 記述されたシステムと実際の行為との乖離ほど品質の不安定を招くものはないが,内部品質監査はそのギャップを埋めるのに最も有効な活動である。

ではこのように事業経営にすこぶる有効な内部品質監査を効率的に展開していくにはどうしたらよいであろうか。答えは簡単であるが,実行には大変な困難をともなうかもしれない。
すなわち“職場の悪さ加減を白日の下に晒す”ということである。
自分の悪いところを他人に知られることを好む人はいない。できれば他人,特に上司にはよく思われたいというのが人の常である。しかし内部品質監査においては,できるだけ多くの不適合を探し出してもらうことが,より多くの改善,効率化に結びついていくのである。
内部品質監査においては,この“できるだけ多くの不適合を探し出す”ことが目的ではなく,あくまでも品質システムの改善を目指すことに意義があり,そのための手段として不適合の摘出が大切なのである。
以上のことを,経営者,部門長がよく理解することが,内部品質監査の環境整備に最も効果的であり,内部品質監査員を最も激励する方法でもある。
部門長は自部門の標準書,規定書を熟読し部下の実施している仕事の手順をよく理解しておく。部下の業務の進め方に具体的な興味を示す上司の姿ほど,職場の内部品質監査実施の環境整備に役立つものはない。

3.1.2 内部品質監査員の育成
(1)内部品質監査員の数
内部品質監査への環境整備ができたら,次に重要なことは内部品質監査員の育成である。
ISO 9001;1994の4.17項“内部品質監査”には次の一文がある。
 「内部品質監査は,監査される活動の状況及び重要性に基づいて予定を立て,監査される活動の直接責任者以外の独立した者が行うこと。」
ここで述べられている通り,自部門の内部品質監査はできないのであるから,会社内には,お互いに監査し合えるだけの監査員の数を用意していなくてはならない。

(2)内部品質監査員の特質
内部品質監査員の人間的魅力,個人的要求事項については本書の第2章2.1.3項“品質監査の事前条件”のところで述べたが,ISO 10011-2“品質システム監査員の資格条件”をひもといてみると,次のように記述されている。
 「7. 個人的資質
  監査員候補者は,偏見がなく,慎重であって,健全な判断力,分析力,粘り強さ,現実的に状況を把握する能力,及び広い視野から複雑な業務を理解する能力,又,組織全体における個々の単位の役割を理解する能力を持つことが望ましい。

  • ― 客観的証拠を公正に入手し,評価する。
  • ― おそれ,えこひいきなく,監査の目的に対し忠実である。
  • ― 最もよく監査目的を達成するように,関係職員に接する。
  • ― 心の乱れによって逸脱することなく,手順どおりに監査を行う。
  • ― 全注意力を集中して監査手順に従う。
  • ― 緊張状態においても効果的に反応する。
  • ― 証拠に基づかない変更を迫られても,得られた結論に忠実である。」

以上のような特質が誰にでもあるとは思われないので,ある程度の選抜が必要であろう。

  • ① 社内経験はもちろん,ある程度社会経験を積んだ人が望ましい。
  • ② 冷静沈着な性格の人が望ましい。
  • ③ 弁舌が立ち,頭の回転が早い人が望ましい。

(3)計画的な内部品質監査員の育成
内部品質監査員には上述したような条件があり,一朝一夕に育成できるものではない。内部品質監査事務局が長期的に十分考えた計画的な育成が大切である。現在,このような内部品質監査員の教育訓練を目的とした機関が,日本にもいくつかあるので,教育訓練機関の質をよく確かめて,そのような機関を利用するのも1つの方法である。

3.2 内部品質監査の準備
3.2.1 計画の作成と情報の収集
内部品質監査事務局部門(通常は品質保証部門)は,事業年度初めにその年の年間内部品質監査計画をつくる。このなかには年間計画型(部分監査)と短期展開型(全体監査)の両方が含まれている。ただし短期展開型における非定期(重要品質問題発生時)監査はこの限りではない(計画外として必要のつど実施していく)。
年間計画型監査については,社内の標準書類について次の情報を事前に得ておく必要がある。

  • ① 標準書名。
  • ② 起案部門。
  • ③ 配布先。
  • ④ 最新改訂日,改訂版。

3.2.2 被監査部門との調整
内部品質監査の年間計画は,あらかじめ全社的にオープンして,監査への準備のための現行システムを見直しするなど,被監査部門が改善のための手段として活用できるようにしておくことが大切である。そのため,次のようなステップを踏み,各部門とあらかじめ調整しておくとよい。

  • ① 内部品質監査事務局部門が年間計画(案)を作成する。
  • ② 内部品質監査事務局部門が関係部門の責任者を招集して説明会議を行う。
  • ③ 全社的な調整を行い,最終案を確定する。

3.2.3 被監査部門
被監査部門(職場)は年間計画にしたがって監査の受け入れ準備を進める。受け入れ準備には次のようなものがある。
(1)現行システムの見直し

  • ① 存在すべき標準書類がすべてあるか。
  • ② 自部門起案の標準書類の原紙の保存状態はよいか。
  • ③ すべての標準書は最新版になっているか。
  • ④ 配布された標準書類の保管状態はよいか。
  • ⑤ 記録はきちんと残されているか。
  • ⑥ 記録の保管状態はよいか。
  • ⑦ 標準書にしたがって業務が進められているか。

(2)改善点のチェック

  • ① 自部門を取り巻く状況の変化によって「仕事の進め方」に改善すべき点はないか。
  • ② 関係部門との仕事のやり方で改善すべき点はないか。
  • ③ 全社的品質システムのなかに改善すべき点はないか。

なお監査チームは,準備を進めている被監査部門に対して,部門マニュアルや,その部門内で使用している標準書類のコピーの入手を依頼する。

3.2.4 チェックリスト/質問書の編集
被監査部門が活用している標準書,規格などに対して,監査チームはチェックリスト/質問書を作る。チェックリスト/質問書の基になるものはISO 9000 シリーズ規格である。年間計画型(部分監査)の内部品質監査の場合は,被監査部門で活用している標準書類に基づいてチェックリストを作る。これが内部品質監査チェックリストAである。短期展開型の品質監査の場合は,会社で採用している品質マニュアルに基づいてチェックリストを作る。これが内部品質監査チェックリストBである。チェックリスト/質問書の作り方は3.3節で説明をする。

3.2.5 チェックリストに対して部門マニュアル(品質マニュアル)を見直す:文書監査
上で作成した内部品質監査チェックリストA,チェックリストBのチェック項目や質問書にそって部門マニュアルや品質マニュアルを見直す。チェックリストAは部門マニュアル(部門マニュアルがなければ標準書)に対して,Bは品質マニュアル(ISO 9000 シリーズ規格)に対して,それぞれ使用される。
この見直しが,第2章2.2節“品質監査とは”において記述した文書監査である。すなわち,これから監査を実施しようとする際に監査の基準になる文書が適正に定められているかどうかをチェックするのが,ここでの文書監査である。
表3.1に,この監査の種類,監査に使用する文書,基準となる文書の関係を示す。

表3.1 監査と使用する文書との関係
監査の種類 : 監査に使用する文書 、 基準となる文書
年間計画型(部分監査): 部門の標準類  、品質マニュアル
短期展開型(全体監査): 品質マニュアル 、ISO 9000 シリーズ規格

以上から理解できるように,チェックリスト/質問書には次の2つのポイントがある。

  • ① 監査に使用する文書には,規定要求事項がすべて網羅されているか?
  • ② 職場の実態は,監査に使用する文書に記述されている通りになっているか?