2.第2ステージ
そんな社内事情の中、製造現場は徐徐に品質確保という絶対的な使命を達成できない状況に追い込まれていった。1年間は設備をメンテナンスして設置当初の性能を維持させていたが、その後は誰の目にも修理だけでは要求される管理水準に部品寸法を入れ込むことは困難であるという状況になった。これは、設備だけでなく、同じようなことが材料(受入検査)、技能面(人材)でも起こり、もはや開発当初に設定されたJIS規格に準拠する品質確保は絶望的になった。

(バブルが弾けて以来、日本の国際競争力は低下の一途をたどっています。1989年の1位から今年はなんと34まで落ちてしまいました。スイスのIMD(国際経営開発研究所:International Institute for Management Development)調査を日本語翻訳した三菱総研のホームページを毎年眺めて胸を痛めている日本人は私一人ではないと思います。一昔も二昔も前(1980年頃)、Japan as No.1と称され、品質立国日本として自他ともに認め、称賛された品質管理の日本の面影は完全に消え去ってしまいました。)こんな情勢下、前回に続き品質不正の起きるストーリを連載しています。

X製品担当のSさんは、限定的なデータ手直しでは済まなくなり、1年前から顧客であるZ社に「特別採用申請」を行っている。Sさんが発行を担当している「特別採用申請」の手続きはそれなりに大変である。「特別採用申請」を行うには、対象ロットの特定、外れている寸法箇所、外れた理由、必要な場合は修正処置、そして必ず是正処置について書かなければならない。1件の「特別採用申請」手続きを行うには、最低1日はかかり、Sさんの日常業務を著しく圧迫するものであった。それに加えて、上司への説明、購買部門との調整、場合によっては生産日程調整にまで関係せざるを得ない。

Sさんは数カ月前からZ社に「特別採用申請」をすることが出来なくなっていた。数回前に提出した申請書には是正処置(再発防止のための原因除去の処置)が書かれているのだが、いまだに実施できずにいて、更なる是正処置の実施延期依頼はどうみてもZ社の不信感を増大させるだけだからである。それにしても「再発防止のための原因除去」は設備更新しかないので、事態打開のためには再度課長に実態を伝えて「設備投資委員会」に直訴してでも予算を認めてもらうしかない、それまでは不良品であるということをZ社には隠して納入しようとむなしい気持ちになっていた。

3.第3ステージ
「特別採用申請」を受理していたZ社の担当者は、A社はこの業界のトップ企業であり、しかもX製品規格を実質的に設定した会社の申請書だから内容は大丈夫であると思っていた。Z社の担当者は、Sさんに「この寸法はA社規格から外れていても、当社の規格には入っているので申請は受入れます」と、友好的に対応してくれていた。どうもZ社は特別採用申請したとき以外は受入検査を省いているようである。

Sさんのグループの誰かが、このX製品のデータは少し外れていても最終製品の品質に影響はないであろうと言い出した。今まで何回かの特別採用申請がそれを証明しているではないか、とも主張した。トップ企業であるA社がJIS規格制定で主導権をとったのは、自社の開発力、技術力を基準にした高いスペックを設定し、他社との差別化を図る戦略だったことはSさんグループの誰もが知っていた。Sさんグループには、当初高く決めたスペックを今回「少し緩めても問題ない」という考えが支配的だった。

Sさんは同僚と相談して、検査員が提出してきた検査記録を修正することにした。特別採用申請と同じレベルの寸法外れであるから、書類作成の手間を省くだけで実質的には同じことである、と自分を納得させていた。Z社の担当者からは別の何の連絡もなくX製品は良品としてZ社に受け渡されていった。
実はSさんは誰にも言っていなかったが、既に数カ月前から検査記録を個人的に改ざんしていた。その時は、出荷部門からZ社への出荷をせかされていて同僚と相談する暇はなかったのである。

(つづく)