第4ステージ
あれから2年間があっという間に経ち、Sさんは品証課から技術課に転籍となり、後任にTさんが着任した。Tさんは着任してほどなくX製品は「出荷検査データを改ざんする」ことが必要である、ということを聞かされた。

(バブルが弾けて以来、日本の国際競争力は低下の一途をたどっています。1989年の1位から今年はなんと34まで落ちてしまいました。スイスのIMD(国際経営開発研究所:International Institute for Management Development)調査を日本語翻訳した三菱総研のホームページを毎年眺めて胸を痛めている日本人は私一人ではないと思います。一昔も二昔も前(1980年頃)、Japan as No.1と称され、品質立国日本として自他ともに認め、称賛された品質管理の日本の面影は完全に消え去ってしまいました。)こんな情勢下、前回に続き品質不正の起きるストーリを連載しています。

Tさんは、データを改ざんするのは「なぜ、どうしてなのか」と疑問を持ち、グループの最古参の先輩と議論をした。

  • Tさん:データを改ざんするのではなく「特別採用申請」で処理すべきです。
  • 先輩:いや、先任のSさんがそれで散々苦労して、2年前からグループ内では皆承知のやり方になっているのでそれに沿ってやったほうがいい。
  • Tさん:でもそれは顧客との約束、信義に反するではないですか。
  • 先輩:形式的にはその通りだが、実質的にはこの2年間Z社最終製品では何の問題も出ていないので、わが社の今の経営環境下では必要悪なんだよ。
  • Tさん:わが社の経営環境下と言われても、必要な投資をしなくてはアウトプットを出すことはできないではないですか。
  • 先輩:それは正論だが、3年前にS君が課長に設備更新のお願いをし、課長も「設備投資委員会」にかけてもらったが、X製品は「日没製品」だから、会社では投資しないと決定されてしまっているんだよ。
  • Tさん:そうですか。だったら、開発直後と状況が変わっているので、規格寸法は守れない、少し変更しても実質的には問題がないとグループの皆さん言っているのだから、規格を直しましょうよ。
  • 先輩:T君、このX製品のスペックはJIS規格になっているんだよ。JIS規格に手を付けるとなると我が社だけでなく、業界団体にも呼びかけないといけないし、そもそも行政がこんな後ろ向きの会議体を作ってくれるとは思えないね。
  • Tさん:業界団体といっても、現在はX製品を生産しているのは我が社だけではないですか。
  • 先輩:詳しいルールは知らないが、JIS規格を変更しようとしたら当初のメンバーが協議することから始まるのではないのかね。いずれにしても市場が小さくなっているこのX製品にそんなエネルギーを掛けるわけにはいかないよ。
  • Tさん:おっしゃることは分かりました。ところで本件について課長はどの程度知っているのですか。
  • 先輩:知っていると思うよ。設備更新の1件もあるし、正式には一度も議論したことはないから、本当のところは分からないが、あれだけ頻繁に申請していたZ社への「特別採用申請書」が回って行かないのだから、「知らない」とは言わせないね。

Tさんは、このグループを取り仕切っているのは最古参の先輩であって、課長は名のみであるとこの時思い知った。

Tさんは、本来はおかしいことであると思ったが、2年間もデータを改ざんしていて、それでも市場で問題が出ないのであればこのままでいこうと腹に決めた。
そうであるならば、検査データをいちいち手直しすることは非効率的なやり方であると思った。

早速先輩のところへ行って「出荷検査データはそれらしいデータを作成したらどうですか」、「事前にデータを従来の実績からおかしくないレベルで作っておくのです」と提案をした。
先輩は、ちょっと驚いた顔をしたが、「しかし、検査はやるのだろう」と聞いてきた。Tさんは少し考えて「いや、検査もしません。でも全くしないと言うことではなく、使用環境下における安全に関する検査項目だけに絞ります」と応答した。

(つづく)