ISOキーワード「人々」人的資本と従業員エンゲージメント | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.481 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
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*** ISOキーワード「人々」人的資本と従業員エンゲージメント ***
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人的資本から従業員エンゲージメントに話が広がってきました。従業員エン
ゲージメントは、人々の自立への度合い、職場での経験とそれが従業員に及
ぼす影響の結果です。従業員エンゲージメントが高くなると、生産性が上が
ることが研究でも明確にされています。さらに組織の業績、欠勤、事故、定
着率などにも好影響を与えるといわれています。

■■ ISO30438:2024とは ■■
エンゲージメント研究は1990 年にアメリカの組織行動学者 Kahn が提唱した
パーソナル・エンゲージメントを起源としていますが, 学術的,実践的に注
目され始めたのは2000 年以降です。従業員エンゲージメントの度合いが高い
と、人的資本の情報開示指標にプラスの影響を与える可能性があり、逆に従業
員エンゲージメントの度合いが低いと、これらの指標にマイナスの影響を与え
る可能性があります。このようなことから、従業員エンゲージメントは、職場
環境の総合的なシステムの一部であり、文化と呼ばれることもあります。前号
で紹介したISO30438:2024 では、従業員エンゲージメントは組織文化指標のひ
とつであるといっています。

エンゲージメントが着目され始めたのは2000 年以降で,その急激な関心の高
まりには 2 つの社会的背景があるといいます。1つは,1990年後半以降から
続く人々の働き方の変容です。めまぐるしく変化し多様性が重視される現代社
会で組織が存続・成長するには,チームで創造的に仕事をする必要があり,従
業員は物理的な労働力だけではなく,モチベーションなど心理面も含めた自
己の全てを仕事に注ぐこと(エンゲージすること)が求められるようになりま
した。
2 つ目の背景は,2000 年頃から欧米を中心に起きたポジティブ心理学への急
速な関心の高まりです。ポジティブ心理学は人の強みに注目し,人が最適に機
能している状態やウェルビーイングをもたらす社会や組織について科学的な検
証・実証が行われたのです。

ISO30438:2024の内容の主な項目は次の通りです。
 ・ 従業員エンゲージメントの測定
 ・ 個人および集団のエンゲージメント
 ・ 従業員エンゲージメントとアウトプット/成果
 ・ ユトレヒト・ワークエンゲージメント尺度(UWES)
 ・ ギャラップ社の12設問
 ・ エンゲージメント/結果の連動に基づくその他のアプローチ
 ・ 従業員エンゲージメントと条件/推進要因
 ・ 回答の採点、集計、重み付け
設問の例として、個人的側面、タスク環境、社会的環境、組織的リーダーシッ
プなどのカテゴリの例が掲載されています。

■■ ユトレヒト・ワークエンゲージメント尺度(UWES) ■■
2002 年にオランダ・ユトレヒト大学の Schaufeli らによって提唱された
「ワーク・エンゲージメント UWES(Utrecht Work Engagement Scale)がこの
領域の研究では有名です。UWESは,仕事や仕事活動そのものに関して,「仕事か
ら活力を得ていきいきとしている」(活力),「仕事に誇りとやりがいを感じてい
る」(熱意),「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3 つが揃った状態がポ
ジティブで充実した心理状態と定義されています。
ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度(UWES)は,多国語かつ多様な職
種で妥当性・信頼性が検証され,有用性が高いとされています。
仕事におけるエンゲージメントを最初に概念化したKahn は従来の組織行動の
概念である仕事への関与(job involvement)や組織コミットメ ントは日々の
働く体験から切り離されており,瞬間的な変動を捉えられないという問題意識
から,「人は常に,身体的・認知的・感情的に異なるレベルの自己を仕事上の役
割に投じている」という前提に立ち,組織構成員が自己を仕事上の役割に活用
すること(harnessing of organization members’ selves in their work roles)
を「パーソナル・エンゲージメント (personal engagement)」と名付けました。

■■ ギャラップ社の12設問 ■■ 
従業員エンゲージメント(employee engagement)は,「組織に貢献しようとする
従業員の自発的な姿勢や行動」を表し, Kahn が強調していた仕事上のパーソナ
ル・エンゲージメントから,所属組織や雇用主への愛着や貢献行動へと焦点は移
っていきました。 従業員エンゲージメントの浸透は,アメリカの世論調査・コン
サルティング会社であるギャラップ社 (the Gallup Organization)が従業員エ
ンゲージメントを測定する12 項目を公表し,組織パフォーマンス との関連を実
証的に示したことに因るところが大きいといわれています。12 項目で測定される
従業員エンゲージメントは「個人の仕事への関与と満足,及び熱意をサーベイ指
標」として定義し,企業にとって業績向上の鍵となる魅力的なものとして,多くの
コンサルティング会社がそれぞれ独自の定義で調査ツールを開発し,売り出すよ
うになりました。

(つづく)