Author Archives: 良人平林

トヨタ物語29 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.445 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
― つなげるツボ動画版はじめました ―
*** トヨタ物語29 ***
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トヨタグループが共同運営するトヨタ産業技術記念館(名古屋市)
で1月30日に開いた会見においてトヨタの豊田章男会長は、
「日野自動車やダイハツ工業、豊田自動織機で不正が続いている
ことの背景には、トヨタグループ創業の原点を見失ったことがあ
る。これが最大の問題だ。」と述べました。そのうえで、すべての
ステークホルダーに迷惑と心配をかけていることについて深くお
わびする、と謝罪しました。

■■ 新グループビジョン ■■
トヨタが1月30日に発表した新グループビジョン「次の道を発明
しよう」では、従業員1人ひとりが持つべき心構えを示しました。
具体的には(1)誰かを思い、力を尽くそう、(2)仲間を信じ、支
えあおう、(3)技を磨き、より良くしよう、(4)誠実を貫き、正し
くつくろう、(5)対話を重ね、みんなで動こう──の5点です。本
来は同グループの創始者である豊田佐吉氏の誕生日に合わせて、
2月14日に発表する予定でしたが、グループ会社で不正行為が続い
ていることなどを勘案して予定を早めたと説明されています。
この新グループビジョンのポイントは、「次の道を発明しよう」と
いうところにあると思います。日本社会を覆っている沈滞ムードの
背景にあるものは新しい発明がないことです。新しい発明がないと
今までの発明にいつまでも拠って立っていかなければなりません。
開発途上国が同じような製品を今までよりも安く市場に出してくる
と、必然的にコスト競争力に巻き込まれ、その結果、負け続けてい
るのが現状の日本です。品質の良いものを作ることが苦しいのは、
コストを下げなければならないからですが、そのことにもっと関係
者は認識を深めなければ、今の品質不正はなくならないと思います。
その意味で「次の道を発明しよう」は一見、品質不正と関係ないよ
うに思えますが、実は根本原因をとらえた対応策であると思います。
しかし、問題はどのようにして「次の発明」をするかです。

■■ 不正の芽をどう探すか ■■
そのうえで、「不正の芽を早めにつぶしていくことが重要だ」と豊田
章男会長は述べています。「今回のビジョンはそのための指針でもあ
る。これまでと同様に、今後も主権を現場と商品に置き、グループ
のガバナンス(企業統治)責任者として不正を出さない風土づくりに
取り組んでいく」と覚悟を述べました。この覚悟の中では、不正の芽
は必ず顕在しているとしてどのようにしてその芽を探し出すのが最大
の課題でしょう。
日野、ダイハツ、豊田自動織機3社の不正行為について豊田氏は、自
分自身が2009年以降のアメリカでのハイブリッド訴訟問題に深く関
わって、各社の現状について問題を認識していなかった。これは大き
な反省点で、これからは自分が先頭に立って一から会社を作っていく
覚悟で立て直していく、共通しているのは、安全や環境に関わる認証
試験で不正が行われたことであり、生産してはいけない製品を造り、
販売してきたことである、と強く述べています。繰り返しですが、3
社の再生については「会社を作りなおす覚悟で取り組む必要がある。
各社の強みを生かし、この会社に在籍してよかったと社員に思っても
らえるような変革の道を探っていく」と述べました。

■■ 不正の根本原因 ■■
トヨタの関係会社の問題をみていると品質不正の原因は「品質の良い
もの」を作れなくなってきていることにあるように思えてなりません。
昔から「鉛筆をなめて・・・」などと言われ、現場ではデータのゴマ
カシはよくありました。しかし、それはばらつきのレベルをゴマカス
ことでした。今日のデータ改ざんは平均値をゴマカしているのではな
いかと思います。もちろんこれは私の仮説です。現場で品質不正と戦
っている方がいましたらご意見をお寄せください。

トヨタ物語28 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.444 ■□■
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*** トヨタ物語28 ***
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昨日豊田章男会長の記者会見を見ました。名古屋の産業記念会館
へグループ会社の社長、会長を集めてグループビジョンを話し合
ったとのことでした。日野、ダイハツ、今般の豊田織機、そして
デンソーと立て続けての品質不正、不祥事にどう対応していくか
注目されました。私はグループビジョンの中に一見異質と思われ
る「発明」というワードがあることに注目したいと思いました。
引き続いて大野耐一氏の講演録を続けます。彼はムダを徹底的に
分析しました。すべての動作、行動にはムダがあるということを
出発点にしていました。

■■ ムダの徹底的分析 ■■
ムダを徹底的に排除するための基本的な考えとしては、つぎの2
点を踏まえておくことが肝要である。 
(1) 能率の向上は、原価低減に結びついてはじめて意味がある。
そのためには、必要なものだけをいかに少ない人間でつくり出
すか、という方向に進まなければならない。
(2)能率を1人1人の作業者、そしてそれが集まったライン、さ
らにはラインを中心とする工場全体という目でみると、それぞ
れの段階で能率向上がなされ、その上に全体としても成果があ
がるような見方、考え方で能率アップが進められなければなら
ない。
以上のことを具体的に展開してみる。トヨタの生産現場は、昭和
25年の人員整理にともなう労働争議、その後にくる朝鮮戦争勃発
にともなう特需景気のなかで、人間をふやさないでいかに増産す
るかという大テーマと取り組んでいたのである。

■■ 生産現場の一責任者として ■■
私が考えを実行に移したのはつぎのようなことであった。1つの
ラインでは10人で1日に100個の製品をつくっている。この現
状をもとにして考えれば、このラインの能力は1日当り100個、
1人当りの生産性は1日に10個である。ところが、こまかくラ
インおよび作業者の動きを観察していると、つくり過ぎがあった
り、手待ちがあったり、時間や日によってバラツキが見られる。
これを改善して2人分の工数低減ができたとする。すなわち8人
で100個の生産ができることは、2人を減らさなければ、1日125
個の生産が可能で25個分の能力増加のようにみえる。しかし、
ほんとうは以前から1日に125個つくる能力はあったのである。
ただ25個分の能力は、不必要な作業やつくり過ぎのムダによって
浪費されていたのである。以上のことから、1人1人の作業者でみ
ても、ライン全体でみても、ほんとうに必要なものだけを仕事と考
え、それ以外をムダと考えるならば、つぎの関係式が成り立つ。

■■ ムダの関係式 ■■
 現状の能力=仕事+ムダ
 (作業=働き+ムダ)
ムダをゼロにして仕事の割合いを100パーセントに近づけていく
ことこそ、真の能率向上である。ただしトヨタ生産方式では、必
要数だけしかつくってはいけないのである。したがって、人を減
らして多すぎる能力を必要数に見合ったものにするのである。そ
こでトヨタ生産方式を適用する前提として、ムダの徹底的な摘出
が行なわれる。
(1)つくりすぎのムダ
(2)手待ちのムダ
(3)運搬のムダ
(4)加工そのもののムダ
(5)在庫のムダ
(6)動作のムダ
(7)不良をつくるムダ
これらのムダを徹底的に排除することによって、作業能率を大幅
に向上させることが可能となる。その場合、とうぜん、必要数だ
けしかつくってはいけないから、余分な人間が浮いてくる。トヨ
タ生産方式は余剰人員をはっきりと浮き出させるシステムでもあ
る。このことから、トヨタ生産方式は、首切りの手段として使う
ものではないかと、疑心暗鬼の労働組合もあると聞いているが、
根本の考え方はそんなケチなものではない。経営者にとっては、
余剰人員をはっきりとつかみ、有効に活用することがその任務で
ある。景気がよくなり増産が必要な際には人を採用して対処し、
不景気になるとレイオフや希望退職を募るという事態に陥ること
は、経営者として厳に慎しまねばならないことである。一方、作
業者にとっても意味のないムダな作業を除くことは1人1人の働
きがいを高めることに通じる。

トヨタ物語27 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.443 ■□■
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*** トヨタ物語27 ***
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大野耐一氏提唱の問題が起きた時の「なぜなぜ5回」を行ってみ
ました。しかし、該当の問題は下記に示しますが、結論に達した
「フィルターを定期的に交換する」という対策について当初はう
まくいきましたが、数か月あとには忘れてしまうという事例が発
生しました。「なぜなぜ5回」の活用についてもう少し話をしたい
と思います。

■■ 「なぜなぜ5回」の実施  ■■
機械工場の事例として「切削効率が落ちてしまった」という問題
のなぜなぜについて、以下のようなものがありました。
(1)「なぜ機械の切削効率は悪くなったのか」
   「工具と加工物の間に切粉が絡んでいたからだ」
(2)「なぜ工具と加工物の間に切粉が絡んでいたのか」
   「切削油が十分でなかったからだ」
(3)「なぜ十分に切削油がかかっていなかったのか」
   「切削油ポンプが十分くみ上げていなかったからだ」
(4)「なぜ十分くみ上げなかったのか」
   「ポンプのフィルターが詰まっていたからだ」
(5)「なぜ詰まっているのか」
   「フィルターを交換していなかったからだ」
以上、5回の「なぜ」を繰り返すことによって、フィルターが切
粉で目詰りを起こしていることが分かりました。そこで、フィル
ターを定期的に交換するということを対策に行うという決定がさ
れました。「なぜ」の追求の仕方が足りないと工具を取り替えたり
する不十分な対策になってしまいますが、そうではなく恒久的な
対策が考えられたと機械工場では考えられました。ところがそう
ではないことが、数カ月後に同じトラブルが再発することで分か
りました。フィルターを定期的に交換することを標準書に規定し
た後に同様な問題が起きたのです。なぜでしょうか?

■■ ヒューマンエラーをどう防止するのか  ■■
それは担当者がフィルターを交換することを忘れてしまったこと
から起こりました。なぜ担当者はフィルター交換を忘れてしまっ
たのでしょうか。機械工場では「なぜフィルター交換を忘れたの
か」をなぜなぜ分析を行うことで解決しようとしましたが、結果
は見るも無残なものになりました。
(1)「なぜ担当者はフィルター交換を忘れたのか」
   「忙しかったからである」
(2)「なぜ担当者は忙しかったのか」
   「仕事のやり方が効果的でないからである」
(3)「なぜ仕事のやり方が効果的でないのか」
   「上司の教育訓練が効果的でなかったからである」
(4)「なぜ上司の教育訓練は効果的でなかったのか」
   「担当者の理解が足りなかったからである」
(5)「なぜ担当者の理解が足りなかったのか」
   「担当者のやる気がなかったからである」
このなぜなぜ分析は欠陥だらけです。
第一に事実確認が不十分であると思われます。第二に因果関係に
難があります。第三に人を原因としています。
1.事実確認が不十分である。
(1)の忙しかったからである、という理由はよく上げられる結
果ですが、本当に忙しかったのでしょうか、もしそうなら
ば忙しいとか忙しくないとかの境目はどこにあるのか聞き
たくなります。
(2)の仕事のやり方が効果的でなかった、という分析結果も怪
しいものです。同じように効果的である、効果的でないと
はどこに境目があるのでしょうか。
(3)の上司の教育訓練についても、上司の教育訓練が効果的で
あるとか、効果的でないとかはどこに判断基準があるのか
分かりません。
(4) (5)担当者の理解力がないとか、やる気がないとか、これ
らも根拠のない分析結果だと思います。
2.因果関係に難がある。
要因と結果の関係をみると無理やり関係つけているように思
えます。
3.人を原因としている。
人は原因とはなりません。というと反論が出ますが、犯罪行
為を除いてはと注釈をつければ皆さん理解してくれます。そ
うです、企業組織で働く人は、ミスを起こしても、原則、意
図的に行っていないという前提で「なぜなぜ分析」は行うべ
きなのです。

トヨタ物語26 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.442 ■□■
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*** トヨタ物語26 ***
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問題が起きた時に「なぜなぜ5回」を行うことは広く知られていま
す。しかし、この発想が大野耐一氏のものであったことはあまり知
られていません。1970年ごろに私が彼の講演で聞いたことは以下の
ようなものでした。最近私はテクノファのセミナーで「なぜなぜ
5回」について活用の仕方にについて講義をしていますが、その原
点がここにあります。

■■ 「なぜ」を5回繰り返す  ■■
1つの事象に対して、5回の「なぜ」をぶつけてみたことはあるだ
ろうか。言うのはやさしいが、行なうはむずかしいことです。
たとえば、機械が動かなくなったと仮定しましょう。
(1)「なぜ機械は止まったか」
  「オーバーロードがかかって、ヒューズが切れたからだ」
(2)「なぜオーバーロードがかかったのか」
  「軸受部の潤滑が十分でないからだ」
(3) 「なぜ十分に潤滑しないのか」
  「潤滑ポンプが十分くみ上げていないからだ」
(4) 「なぜ十分くみ上げないのか」
  「ポンプの軸が摩耗してガタガタになっているからだ」
(5) 「なぜ摩耗したのか」
  「ストレーナー(濾過器)がついていないので、切粉が入った
からだ」
以上、5回の「なぜ」を繰り返すことによって、ストレーナーを取
りつけるという対策を発見できたのです。
「なぜ」の追求の仕方が足りないとヒューズの取り替えやポンプの
軸の取り替えの段階に終わってしまいます。そうすると、数カ月後
に同じトラブルが再発することになるでしょう。トヨタ生産方式も、
実をいうと、トヨタマンの5回の「なぜ」を繰り返す、科学的接近
の態度の累積と展開によってつくり上げられてきたといってよいの
です。5回の「なぜ」を自問自答することによって、ものごとの因
果関係とか、その裏にひそむ本当の原因を突きとめることができま
す。

■■ 機械を1人で1台しか持てないのか  ■■
「なぜトヨタ自工では機械を1人で1台しか持てないのかという疑
問があった。というのは、豊田紡織では自働織機を若い女性が1人
で40台も50台も持っていたからです。自働織機は糸が切れたとき
に自動的に機械が止まる機能を持っていました。この問を発するこ
とによって、自動車の機械も「機械が自動で止まるような仕組みに
なっていないから」という答が得られ、ここから、「自働化」の発
想を導き出すことができました。
「なぜジャスト・イン・タイムにものがつくれないのか」の問に対
しては、たとえば「前工程が早くものをつくり過ぎる。1個何分で
つくるかがわかっていない」という答を得ることができました。そ
の結果として、「平準化」 の発想を導き出すことができたのです。
「なぜつくり過ぎのムダが出るのか」に対して「つくり過ぎを押え
るはたらきがない」という第一の答を展開することによって、「目
で見る管理」から、さらに「かんばん」の発想へと連なっていけま
した。
トヨタ生産方式は徹底したムダの排除を根本にしていることは、あ
ちらこちらで述べてきています。「ムダというものはいったい、な
ぜ発生するのか」の問を1つ発することによって、それこそ企業存
続の条件である利益の意味を問うことにもなりますし、ひいては人
間の働きがいの本質についても自問自答することになります。
私は、生産の現場に関しては、「データ」ももちろん重視してはいま
すが、「事実」をいちばんに重視しています。問題が起きた場合、原
因の突きとめ方が不十分であると、対策もピント外れのものになっ
てしまいます。そこで5回の「なぜ」を繰り返すというわけですが、
これはトヨタ生産方式の科学的態度の基本をなしているものです。

トヨタ物語25 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.441 ■□■
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*** トヨタ物語25 ***
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新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
今年は波乱な年明けとなりました。元日に大地震が起き能登半島は
新年早々混乱の極みに落ち込みました。地震が起きなければ羽田飛
行機追突事故も起きなかったろうに、と思った方もいると思います。
この世の中「風が吹けば桶屋が儲かる」、「Butterfly Effect」など因
果関係の連続であることを改めて思い知りました。昨年暮れに起き
たダイハツ品質不正はこれまた多くの因果関係の結果であろうと推
察しますが、ロンドン物語、日経品質管理文献賞で中断していたト
ヨタ物語を再開したいと思います。

■■ トヨタ物語の再開  ■■
トヨタ生産方式は「引っ張り方式」であると言われています。この
方式は後ろの工程が必要な品物を必要な量だけ前の工程から引き取
る(これを引っ張るという)ことで生産を行うやり方で、この必要
な量だけを前工程から引っ張る方式を頭から最後の工程まで行いま
す。しかし、世の中の生産方式の多くは「押し出し方式」と呼ばれ
るものです。ある期間の生産量を計画し、頭の工程から、次の工程、
次の工程へと製品を押し出していきます。各々の工程では不良が出
ますので、頭の工程では例えば1割くらい多く(歩留まりにより異
なる)の生産をして最後に顧客要求数量を確保するような製品化の
方式です。
2つの方式にはそれぞれ長所と短所があり、どの方式を採用するの
かは、生産する会社の考え方によります。
今まで述べてきた「あんどん」,「かんばん」などはトヨタ生産方式
のすばらしさの代表名として世の中に知られていますが、単に形式
としての「あんどん」,「かんばん」を理解し、実行しようしても
多分失敗するでしょう。失敗するどころか大きな問題を引き起こす
かもしれません。形式にとらわれことなく基本となっている理念と
発想を理解することが重要ですし、その理念を実現するための土俵
を理解しなければなりません。トヨタの歴史を見ると「人間性の尊
重」「人間性の向上」という言葉が常に出てきます。

■■ 意識改革が不可欠  ■■
ここからは、「人間性の尊重」をベースにトヨタ生産方式の理念と
発想を語った大野耐一氏の語録を紹介していきます。この語録は
1970年ころに語られたものです。

企業のなかのムダは無数にあるが、つくり過ぎのムダほど恐しいも
のはない。このつくり過ぎのムダがなぜ生ずるのか、その根源を探
ってみたい。私どもは、いつも相当量の在庫をかかえていないと不
安でしようがない存在なのではないだろうか。第二次世界大戦前か
ら戦中、そして戦後間もないころの物資不足の時代、買いだめはご
く自然の行為であった。オイル・ショック時、物資の豊富な現代に
おいても、ティッシュ・ペーパー、洗剤を買いあさった大衆の行動
は、まさに買いだめ心理からきたものであろう。
これは農耕民族の宿命ではないだろうか。私どもの先祖は長いこと、
米を作って主食とし、かつ貯えをして自然の災害に備えてきた。物
があり余っている現在においても、根はそれほど変わっていないこ
とは、オイル・ショック時の経験からわかった。
現代の企業も同じ考えにとりつかれているところがないか。いつも
手元に、なにがしかの原材料、仕掛品、製品の在庫をもっていない
と、この激しい競争社会に生き残っていけない不安に産業人は襲わ
れるのであろうか。
私の主張は、現代の工業はそれから脱却しなければならぬというこ
とである。農耕民族にとどまっていてはいけない。狩猟民族になっ
て、それこそ必要なものを、必要なときに、必要なだけ調達する勇
気をもたなければならない。勇気などというものではない。それが
現代の工業社会の常識となってほしいと思う。
それには、産業人の意識革命が必要であろう。いつも相当量の在庫
をかかえていないと不安でしょうがない気持が、オイル・ショック
以後の低成長時代に、つくり過ぎのムダをもたらし、不良在庫とい
う最大の経営ロスを生み出す元凶になったのである。この事態をま
ず深く認識することこそ、意識革命に通じるものと私は思うのであ
る。