Category Archives: つなげるツボ

特別採用(トクサイ)を考える6 | 平林良人の『つなげるツボ』

—————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.454 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
― つなげるツボ動画版はじめました ―
*** 特別採用(トクサイ)を考える6 ***
—————————————————————
特別採用は「買い手と売り手の合意」がなければ成り立ちません。
成り立たせるための要素には主に次のことがあります。
1.取り決められた規格から外れた寸法/幾何学的形状/他の特性
2.買い手側の規格外れの検証
3.買い手側の資源保護の考え
4.売り手側の値引き

■■ 取り決められた規格とは ■■
1から順に説明していきたいと思います。1でいう「取り決めら
れた規格」とは、買い手と売り手が合意した規格のことを意味し
ます。製品の特性で買い手と売り手が合意しなければならないも
のには次のような項目/特性があります。ここに上げた特性はハー
ド製品に代表的なもので、サービスも含めるとさらに多くの特性
が挙げられると思います。
(1)製品寸法(長さ、高さ、厚み、角度)
(2)幾何学的形状
(3)色彩、触覚、傷、バリ、外観など感覚特性
(4)機能(出力、動き、強度、耐久性、信頼性、環境保護特性など)

■■ 買い手と売り手の特性についての合意 ■■
買い手と売り手が以上のような特性について一つ一つ合意しない
で済むように近代社会には「標準/規格」があります。例えばJIS
規格を設計に採用すれば買い手と売り手は製品のその特性を検討
しなくても合意できるということで、産業界にはなくてならない
標準という基盤が存在します。
こうした標準の存在は近代国家には無くてはならないもので、産
業界のビジネスにおいては買い手と売り手の合意が迅速に図れる
ということが標準化のメリットであると言えます。JISは日本の
国家規格ですが、国際規格として存在するのが有名なISO規格で
す。ISOはマネジメントシステムで有名になりましたが、本来の
機関の使命は工業標準規格の開発、合意、維持、改定/修正など
を世界的に行うことです。これ以外にも団体・協会機関が決めた
規格があります。例えばUL規格ですが、UL規格はアメリカの
保険組織団体が火災を起こさない材料を規定したいということで
プラスチック難燃性を1910年ころに規格に規定したものが始ま
りと言われています。もっと有名な規格としてはアメリカのMIL
スタンダードがあります。MIL規格はアメリカ軍が使用する金属
材料などを特に強度の面から規定したものが始まりです。JIS規
格には、戦後海外のMIL規格やISO規格がそのまま採用されて
いるものが多くありますが、これは海外との貿易において必須な
動きでした。日本の中でもいろいろな工業会が自主的に決めてい
る標準がありますが、これらが社会に認められるようになると
JIS規格に採用されるということになります。

■■ 買い手と売り手の特性についての合意 ■■
このように世界で標準とされている規格を売り手が自社製品規格
に採用する場合は、買い手も根拠がはっきりとしていることから
仕様の合意は比較的容易にされることになりますが、製品設計で
は標準が無く組織自身が決めなければならない特性が圧倒的に多
くあります。製品開発、設計の現場では、できるだけ標準化され
ている特性を活用しようとしますが、競争相手との差別化を考慮
すると組織独自の特性を決めなければなりません。買い手の期待
する特性を実現するうえで設計上重要な要素は「工程能力」と
「公差設計」の2つです。最近の技術者の動向を見て気になるの
はこの2つの訓練特に公差設計の訓練を受けていない人が多くい
ることです。製品設計するときの規格の決め方を知らなければ
「特採申請」というプロセスを行うことはできません。特に買い
手に特採を納得してもらう説明はできません。このことは買い手
側の技術者についても同じことで、公差設計の基本を知らなけれ
ば、「特採を受け入れる」という判断はできないことになります。
(つづく)

特別採用(トクサイ)を考える5 | 平林良人の『つなげるツボ』

—————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.453 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
― つなげるツボ動画版はじめました ―
*** 特別採用(トクサイ)を考える5 ***
—————————————————————
特別採用の対象にはけっしてならない事案が国土交通省に報告され
ました。今年2月、ガソリンエンジンに関する豊田自動織機からの
報告がそれです。エンジン内部の相互作用を制御するエンジンコン
トロールユニット(ECU: Engine Control Unit)に特別なソフトウ
エア(試験用)を組み込んでいたというものです。

■■ フォルクスワーゲン(VW)の品質不正 ■■
ECUに組み込むソフトウエアに関する不祥事には、過去に例があり
ます。2015年、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)がディーゼル
エンジンの制御システムに、米環境保護庁(EPA)の排出規制を違
法に回避するソフトウエアを使用していた問題を覚えておられる方
も多いと思います。窒素酸化物(NOX)排出量を試験データでは規
制値以下に低減しておき、実際の通常走行時には規制値の10~40
倍ものNOXを排出していたという事例です。

VWは2012年ころから新規エンジン開発を進めてきましたが、
ディーゼルエンジンを制御するソフトウエアに違法な”切り替え操
作”を組み込みました。排ガスの試験では「試験用」の制御ソフト
ウエアにより、排ガスレベルを基準値以下に抑える一方で、道路上
走行時には“切り替え操作”を作動させ窒素酸化物(NOx)を低減さ
せる触媒の働きを弱めることをしていました。触媒の働きを弱める
ことで、出力特性や燃費が向上しますが、その代りに排ガスに含ま
れるNOxの量は、基準値の10?40倍に増加します。この事実が米
環境保護庁(EPA)の調査によって明らかになりました。

■■ 米環境保護庁(EPA)の排出規制 ■■
このVW事件と同様な問題が今回の豊田自動織機で起こったのです。
EPAデータ確認の中で、同社は申請済みのデータに疑義があると気
づき、2021年5月に外部の弁護士に事実関係の調査を依頼したそう
です。その結果、ガソリンエンジンだけでなくディーゼルエンジン
にも違法なことが行われていることが明らかになったとのことです。
その内容は劣化耐久試験における法規違反と、排出ガスの規制値の
超過であり、2023年3月、豊田自動織機は自らその事実を公表しま
した。そして、それから10か月、特別調査委員会の調査した結果が
今回の国土交通省への報告になったということです。

■■ 原因はなんでしょうか ■■
2月16日発行の日経クロステックには次のように記されています。

「原因としてまず挙げられるのが、技術力の不足だ。本来は使うこ
とを許されていない試験用ECUを使ってまで劣化耐久試験に臨んだ
にもかかわらず、排出ガスの規制値を超過した産業車両用エンジン
がある。この事実から、法規が要求する水準の排出ガスの浄化性能
を備えた産業車両用エンジンを開発する上で、豊田自動織機は十分
な技術力を備えていなかったと判断せざるを得ない。そして、本来
はキャッチアップすべき排出ガスの規制強化を軽視し、劣化耐久試
験が義務化された当初から不正を行っていた事実から、法規に対す
るコンプライアンス(法令順守)意識の低さも、不正につながった
と考えられる。不正の発生を許した理由については2点挙げられる。
1つは、属人的な法規解釈となっていたことだ。豊田自動織機には
認証業務を担当する専門部署が存在せず、エンジン開発部門の適合
グループの社員が認証業務を行っていた。これでは個人の力量に依
存するため、押さえるべき法規知識の抜けや漏れ、解釈の間違いな
どが生まれた可能性がある。同社で専門部署である「法規渉外認証
室」や「法規認証管理部」が出来たのは2021年になってからだ。
もう1つは、けん制機能が働かない、いわゆる「お手盛り」の認証
試験を行っていたことである。豊田自動織機では適合グループが認
証業務を担っていた。すなわち、部署は違っていても同じ部門内で
エンジンの開発設計と認証試験が行われていたことになる。

引用:豊田自動織機のエンジン不正、10の追究 | 日経クロステック(xTECH) (nikkei.com)」

■■ さらに分析すると ■■
日経クロステックでは、原因として3つをあげていますが、いずれ
も事の起きた状況を説明しているものであって、本当の原因に近づ
けていません。もう少し掘り下げないと真因に近づけないと思いま
す。真因に近づくには、「なぜなぜ5回分析」が有効です。
以下に「なぜなぜ5回分析」の入り口を考えてみます。ただし、こ
の「なぜなぜ5回分析」は、あくまでも筆者の推測で、実際に分析
を行うには現地、現物の事実確認が必要です。
1.技術力が不足していた → なぜ技術力が不足していたのか 
→必要な技術力を分析していなかったからである。
2.属人的な法規解釈となっていた → なぜ属人的な法規解釈と
なっていたのか → 組織としての法規解釈を行っていなかっ
たからである。
3.けん制機能が働かなかった → なぜけん制機能が働かなかっ
たのか → 同じ部門で実施、チェックを行っていたからである。

(つづく)

特別採用(トクサイ)を考える4 | 平林良人の『つなげるツボ』

—————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.452 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
― つなげるツボ動画版はじめました ―
*** 特別採用(トクサイ)を考える4 ***
—————————————————————
2023年12月、ダイハツは自社の型式申請の試験において不正行為
があったと国土交通省に届け出ました。その内容は20年以上に及ぶ
広範囲なもので社会を驚かせました。ここでは「特別採用」という
範疇に入るかどうかは不明ではありますが、ダイハツ自身、そして
国土交通省が発覚後行った「基準適合性の確認」についてお話しし
たいと思います。

■■  ダイハツの品質不正  ■■
ダイハツが発表した品質不正は次のようなものです。自動車の衝突
試験において、本来はエアバックを「センサー」により衝突検知さ
せるべきところを「タイマー」でエアバックを作動させて試験を行
っていた。また、申請と違った構造の自動車を用いて試験を実施し
ていた。そのほか幾つかの不正手段を用いて自動車の型式申請試験
を行い、指定を受けていたというものです。
しかも、これらの不正は古いものでは1989年には認められ、最終
的には174件もの不正があっとし、特に2014年以降増加したと述
べています。その結果、国内外の全工場で、自社で開発した自動車
の出荷を停止すると発表しました。新車の安全性を確認する試験な
ども見つかったことを受け、生産も停止すると発表しました。
発表においては、不正は25の試験項目におよび、現在国内で生産・
開発中の28車種すべてで見つかったということです。対象は既に
生産終了したものも含めて64車種と3つのエンジンで、親会社の
トヨタ自動車が販売する22車種も含まれています。
第三者調査委員会は、ダイハツが強みとしてきた短期間での新車開
発が品質不正の原因であるとしています。開発期間を守ることが目
的となり、最終工程である認証試験にしわ寄せが来て、極度なプレ
ッシャーがかかっていたと指摘しています。「責められるべきは不
正行為を行った現場ではなく、経営幹部だ」と報告書は述べていま
す。

■■  基準適合性確認は特別採用か  ■■
不正行為のあった車は市場では使えないのでしょうか。試験のやり
方、手順が規定に反していたとはいえ、最も重要な車の機能に問題
があるかどうか、特に安全性に問題があるかどうかは(経済合理性
からみても)重要な視点です。
ダイハツは不正が見つかった車種について、改めて性能が基準を満
たすかどうかについての技術検証を行うとしました。また、監督官
庁である国土交通省では、順次、「基準適合性に関する検証」を行
なうと発表しました。

■■  検証が終了した5車種  ■■
国土交通省は2024年1月19日に5車種の検証結果を公表しました。

1.経緯
令和5年12月20日にダイハツ工業株式会社から型式指定申請に
おける不正行為の報告を受け、国土交通省において、立ち入り検査
等により事実関係の確認を行った結果、46車種において不正行為が
行われていたことを確認した。国土交通省は不正行為が確認された
46車種のうち、開発中の1車種を除く45車種について、道路運送
車両法の基準適合性に関する確認試験などの技術的な検証を速やか
に行い、結果の出た車種から順次公表することとしている。
2.検証結果
 別紙の5車種について、道路運送車両法の基準に適合しているこ
とを確認した。このため、当該5車種については、出荷停止の指示
を解除する。
3.今後の対応
 他の車種についても、速やかに基準適合性の検証を行い、結果の
出たものから順次公表する。なお、検証結果については、順次、国
土交通省ウェブサイト
 https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha08_hh_005013.html
に掲載する。

引用:土交通省

国土交通省がどのような確認試験を行ったのかは明らかにされてい
ませんが、この確認試験は事の経緯から、451号で述べた特別採用
の一つであると思います。規定通りに行なわれなかった製品ではあ
るが、ある期間の限定した範囲で該当する製品は実質的には使用で
きると採用することにしたわけです。ここで、重要なことは実質的
に使用できると判断した根拠であることは言うまでもありません。

■■  ダイハツの決意  ■■
ダイハツはホームページでつぎのようなコメントを発表しています。

当社は、この度の認証不正問題について、お客様をはじめとする
すべてのステークホルダーの皆様に多大なご迷惑をおかけしており
ますことを改めて深くお詫びいたします。国土交通省からの是正命
令に続き、今回の型式指定取消しという行政処分を受けたことを真
摯に受け止め、認証業務の見直しに留まらず、法令遵守を大前提に、
経営、職場風土や文化、適切なモノづくり&コトづくりという3つ
の観点から改革に取り組み、トヨタの全面的な支援を受けながら、
再生に取り組んでまいります。
速やかに、再発防止策をとりまとめ、国土交通省へ、是正命令受領
後1ヶ月以内に報告し、その後の実施状況についても四半期毎に報
告してまいります。

引用:ダイハツはホームページ

(つづく)

特別採用(トクサイ)を考える3 | 平林良人の『つなげるツボ』

—————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.451 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
― つなげるツボ動画版はじめました ―
*** 特別採用(トクサイ)を考える3 ***
—————————————————————
449号でお話ししましたようにモノの寸法、特性にはバラツキがあ
ります。数多くのモノを唯一決められた絶対寸法(絶対特性)で製
造することはできません。モノの製品設計をするときには、寸法
(特性)のバラツキを考えなければなりません。製造する機械の精
度が素晴らしく良く、操作する人の技量がこれまた素晴らしく良く、
加工素材の組成も均一に作られているような場合は、数多く作るモ
ノのバラツキは小さくなります。反対に製造する機械の精度が悪く、
操作する人の技量もこれまた悪く、加工素材の組成も均一に作られ
ていないような場合には、数多く作るモノのバラツキは大きくなり
ます。モノの寸法(特性)のバラツキをどの程度に管理できるかが
製品品質に直接影響を与えますが、この能力を知らなければモノの
設計(公差設計)はできません。

■■ 特別採用とは ■■
設計では寸法(特性)のバラツキ(上限値と下限値:許容値)を決
めます。売り手である製造者は買い手が示した寸法(特性)のバラ
ツキよりも厳しい範囲で日常の品質管理をしている場合が一般的で
す。製造者が顧客との契約より厳しい寸法(特性)を設定している
のは、万が一のリスクをみているからです。例えば買い手が±2mm
の厚さの金属板を欲しいと要求してきたときに社内規格として
±1.8mm規定しているような場合です。±2mmと±1.8 mmの差で
ある±0.2mmは安全率と呼ばれ製品設計にはよく適用されます。当
然ですが工場にそれを実現する能力があることが前提です。社内規
格±1.8mmをはみ出していても、顧客の管理する±2mmを超えな
い場合は、顧客も納得する道理です。
問題は顧客の管理する±2mmを超えた場合です。素材系の製品で
他の部品と組み合わせがないような場合は、比較的「一時合格」の
判定が出やすいものです。しかし、他の部品と組み合わせがあるよ
うな場合はなかなか「一時合格」はでません。この一時合格が特別
採用と呼ばれるものです。「許容値」に合わないモノは「不合格品」
ですが、買い手側の「納期など」の事情で採用されることとなれば
「特採」となり、ロットの一部または全部が採用されるという制度
です。

■■ 設計における許容値の設定 ■■
では、許容値はどのように決められるのでしょうか。すべてのモノ
は、かならず寸法及び角度ほかの特性を持っています。寸法及び角
度ほかの特性がある限界を超えると部品機能を損なうことになりま
すので、設計ではこれ等のバラツキの限界を設定する必要がありま
す。すなわち、顧客の求める仕様を実現させる手段・方法を決める
図面においては、製造するときのバラツキも明確にする必要がある
わけです。この設計における規定は重要で、製造側は勝手にモノを
作ることはできませんし、勝手に変更することもできません。
製造及び検査においては図面に規定された寸法及び角度ほかの特性
を守るような業務推進しなければなりません。

■■ 許容値の設定を公差設計という ■■
モノの寸法をはじめとする特性のバラツキの範囲、すなわち上限と
下限で決められる許容値の設定を公差設計と言います。
JIS B 0405:1991には普通公差(general tolerance)の規定があり
ます。普通公差とは、個々に公差の指示がない特性に関する公差で、
JIS B 0405:1991には長さ寸法及び角度寸法については、4つの公
差等級が規定されています。
・4つの公差等級
-精級   例えば±0.5(基準寸法1000mm)
-中級       ±1.2
-粗級       ±3
-極粗級      ±6
公差等級を選択する場合、上で述べたように製造における加工精度
を考慮しなければなりません。普通公差より「小さな公差が要求さ
れる」場合は「個別に規定する」ことになります(設計公差)。ま
た経済的でありより大きな交差が許容される場合でも個別に規定し
ます。

(つづく)

特別採用(トクサイ)を考える2 | 平林良人の『つなげるツボ』

—————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.450 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
― つなげるツボ動画版はじめました ―
*** 特別採用(トクサイ)を考える2 ***
—————————————————————
近年の品質不正は今年になって「トヨタ」にまで波及してきました。
トヨタと言えば、当「つなげるツボ」でトヨタ物語として連続して
品質第一主義の話をさせていただいてきました。しかし、それは過
去の話であって必ずしも今にまでその伝統が引き継がれているとは
言えない、ということを思い知らされました。ことの本質は「良い
品質のものを作れなくなった」ことにあります。多くのことが影響
していると思いますが、前回からの続きで特採そして規格、公差に
ついて考えていきたいと思っています。
まず特採についてですが、ここではまずK社の第三者委員会調査報
告書の中に書かれている「トクサイ」について考えてみます。

■■ K社第三者委員会調査報告書の中の「特採」■■
K社品質保証室のスタッフは、特採、再検査、再加工、再製作又は
屑化の処置を決定するとされていたが、特採そのほかの処置をせず
にデータを改ざんして出荷していたことが明らかになりました。

技術部品質保証室内の材料試験を担当する検査員(材料試験検査
員)の行った材料試験の検査結果が、顧客仕様又は公的規格を満た
さないものであった場合、品質保証室のスタッフは、特採、再検査、
再加工、再製作又は屑化の処置を決定するものとされていた。しか
し、品質保証室のスタッフは、引張試験、結晶粒度測定、耐力試験、
硬さ試験及び油分測定の検査結果が、顧客仕様又は公的規格を満た
さない場合であっても、製品の安全性には問題がないと判断したと
きは、技術部品質保証室内のミルシート作成者又は材料試験検査員
に指示して、顧客仕様又は公的規格を満たす検査結果を検査証明書
に記入させ、当該改ざんされた検査結果に基づき、製品を出荷させ
ていた。

引用:20180306_report.pdf (kobelco.co.jp)

■■ 「特採」と「トクサイ」 ■■
ここでは正規の手続きを踏んだものは「特採」と表記し、そうでは
ないものは「トクサイ」と表記している、と脚注にあるので本稿も
その区分に沿って話を進めます。

さらに、本件不適切行為が行われた製品については、材料試験検
査員が所属する試験調査班において、その製品の製品番号、顧客名、
製品規格、検査実施日及び検査の実測データ等を「トクサイリスト」
と呼ばれるエクセルファイルに記録していた。そして、材料試験の
検査結果が、顧客仕様又は公的規格を満たさないものであったとし
ても、「トクサイリスト」を参照し、同種製品について過去に本件不
適切行為が行われたことが判明したときは、各材料試験検査員は、
品質保証室のスタッフに相談することなく、独自の判断で、顧客仕
様及び公的規格を満たす検査結果を検査証明書に記入した上で、製
品を出荷させ ていた。

引用:20180306_report.pdf (kobelco.co.jp)

特採はJIS Q 9001でも規定されている売り手と買い手の交渉による
不合格品(規格外品)の救済手段です。今の世の中、特採が品質不
正の元凶だという見方もあります(下記)が、決してそうではあり
ません。特採制度を正しく活用していないことが問題なのです。

■■ トクサイ(特別採用)は製造業の堕落だ ■■
「トクサイ(特別採用)は製造業の堕落だ」とのタイトルで日経ビ
ジネスが記事を掲載しています。

一連のデータ改ざんで浮き彫りとなったのが、トクサイ(特別採
用)と呼ばれる日本独自の商慣習でした。要求に満たない品質の製
品を、取引先の許可を得たうえで納入する仕組みです。
K:これにも非常にがっかりさせられましたね。納期を守るために、
契約と異なる品質の製品を出荷していたんでしょう。まともな製造
業なら、絶対に品質を犠牲にしないはず。相手が認めたとしても、
自らの矜恃が許さない。
しかも一部ではトクサイという慣習を悪用し、相手の承諾を得ない
まま不適格な製品を納入したケースすらあります。「過剰品質」と
言われるほど安全面を考慮しているので、多少なら許容されるだろ
うと考えているのでしょうが、それは何の言い訳にもなりません。
製造業としての「堕落」だと言うべきです。

引用:引用 「トクサイ(特別採用)」は製造業の堕落だ:日経ビジネス電子版 (nikkei.com)

■■ 本来の特採は ■■
製品の一部の寸法あるいは角度などいろいろな特性が規格から外れ
ていても必ずしも「使えない」わけではありません。両社(売り手
と買い手)の適切な評価のもとに、ある条件に限定した範囲で使用
可能となるケールは多くあります。両社の適切な評価のもと、場合
によっては寸法、角度、ほかの特性を見直すことも行われます。
ただし、「適切な評価」と言いましたが、特採、それに続く規格見
直しはどのように行うのでしょうか。
特採、および必要な場合それに続く規格見直しを行うには、今の規
格がどのように設定されたのかの根拠を知ることが必要です。規格
がどのように設定されたのかの根拠は前回述べた公差設計を知らな
ければならず専門的な話になりますので、別にお話しするとして、
もう少し特採が近年の品質不正でどのような役割を果たしてきたか
を見てみたいと思います。

■■ 仕様が厳しすぎる場合見直しを交渉する ■■
特採とは規格や仕様から多少外れた製品でも、安全性や性能に問題
がなければ買い手が特例的に買い取る措置であって、品質保証の仕
組みに関する国際規格のISO9001でも規定されているもので
す。

仕様が厳しすぎる場合、見直しを求めて交渉する例もある。ある
大手素材企業では、品質について納入先と意見をすり合わせるため
の会議を定期的に開く中で「安全性や性能に影響を及ぼさない範囲
で、仕様変更が決まることもある」(担当役員)という。結果として
「当社製品の品質が安定すれば、無駄が減って顧客にも貢献できる」
(同)ためだ。「正直に話してほしかった」。神鋼からアルミニウム
板の不適合品を仕入れていたトヨタ自動車の購買担当者は、ある素
材メーカーの幹部を前に、ため息交じりにつぶやいた。需要家は供
給側に求める仕様を本来必要な水準より高めに設定するのが一般的
で、多少の変更はきく。「合意の上で仕様を見直していれば、問題に
はならなかったはずだ」。トヨタの購買担当者のそんな胸中を、素材
メーカーの幹部は感じ取った。

引用:素材メーカーが改ざんに陥った“トクサイ”という誘惑|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社 (newswitch.jp)

(つづく)