■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.104 ■□■ *** ISO45001労働安全衛生MSSの論点 *** ----------------------------------------------------- ■□■ リスクと機会 ■□■ 7月にアイルランドのダブリンでPC283(ISO45001労働安全衛生マネジメントシステ ム規格専門員会)の国際会議が開かれました。これは2013年の初回総会から数え て4回目の総会になります。 いままでの議論を通じて労働安全衛生マネジメントシステム規格ISO45001の論点 が明確になってきています。いくつかの論点があります、一番課題となりそうな論点 が、附属書SLから採用した(採用しなければならなかった)「リスクと機会」です。 ■□■ 附属書SLの要求 ■□■ 2012年5月、ISOは国際規格作成のルールブックである「ISO/IEC専門業務用指針 第1部(ISO/IEC Directives, Part 1)」を改訂しました。その中に「上位構造,共通の 中核テキスト及び共通用語定義」が,付表2(Appendix 2)という形で含まれました。 これが今後の全てのISO マネジメントシステム規格における開発において、共通テ キストを使用せねばならないという専門家に向けての指示です。 単一の組織が複数のマネジメントシステムを運用するときに、それぞれの規格の要 求事項や用語及び定義が異なっていると,ユーザーは不便を感じます。分野別に いろいろなマネジメントシステム規格がありますが,利用する組織は同じ経営者が 統率する集団です。 この指針は、「共通テキスト」、「附属書SL」、「HSL:High Level Structure」などと呼 ばれます。呼称が統一されておらず不便ですが、しばらくはいろいろな言い方がさ れると思ってください。ただし、共通テキストは,企業などの規格ユーザー向けの文 書ではありません。あくまでもISOのマネジメントシステム規格を作成するTC(専門 委員会)、SC(分科委員会)などの規格を作成する専門家が利用するものです。 ■□■ どんな論点があるのか ■□■ 共通テキスト(附属書SL)は、マネジメントレベルの視点から「リスクと機会」を決定 することを求めています。一方OH&Sマネジメントシステムにも伝統的なリスクとい う概念があります。 同じリスクという言葉ですが、その意味するところは似てはいますが、異なっていま す。共通テキスト(附属書SL)でいうリスクは、「今後何が起こるか分からない、それ に対して予測をしてもし何かが起きても被害が最小になるようにしておこう」というも のです。 一方、OH&Sリスクは、「ハザード(危険源)を特定し、それが起こる時のひどさと起 こり得る可能性の組み合わせ」というもので、前者よりも焦点が事故、災害にフォー カスされています。 「機会」については、OH&Sでは従来扱ってきませんでしたので、あまり問題にならな いと思います。共通テキスト(附属書SL)においても、機会の定義はありませんので 、「物事を前進させる状況を言う」と思えばよいと思います。 ■□■ OH&Sリスクにはアセスメントがある ■□■ OH&Sリスクに関してはリスクアセスメントが付いてまわります。すなわち、「ハザ ード(危険源)を特定し、それが起こる時のひどさと起こり得る可能性の組み合わせ 」を評価してその大きさを決めます。そして大きいものから手を打ち、リスクの大きさ を低減させます。この対策をリスクが許容できる小ささになるまで行います。 よく言われることですが、リスクは決してゼロにはできません。組織が自身で判断し て「これくらいのリスクであれば止むなし」というレベルにまで低減させるのですが、 この残ったリスクのことを残存リスク(residual risk)といいます。 論点は、このアセスメントをマネジメントシステムのレベルでも、すなわち「リスクと 機会」ども行うということです。 ■□■ 附属書SLリスクでアセスメントが必要か■□■ ここでは、便宜的に前者のリスクを「附属書SLリスク」と呼ぶことにします。共通 テキスト(附属書SL)でのリスクの定義にはアセスメントとの関係はないように理解 できますので、今後ISO45001の審議においてこの論点がどのようになっていくのか 注目していきたいと思っています。 私自身、ISO45001のエキスパートですので、国内委員会の大勢を見極めながら国 際会議に臨みたいと思っています。 参考までに「附属書SLリスク」の定義を下記に示します。 「リスク:不確かさの影響」 以上 2013年2月、ILOはISOとMOU(Memorandum of Understanding:行政機関等の組織 間の合意事項を記した文書であり、通常、法的拘束力を有さない;了解覚書といわれ る)を結びました。これは、労働安全衛生マネジメントシステム規格の新規作成に関 するものでした。 両機関が協力して一つの国際規格―労働安全衛生マネジメントシステムに関する ―を作ろうというもので、従来のILOとISOの関係からすると画期的なものでした。 ■□■ PC283の設立■□■ 2013年10月、このMOUに基づきISOに新たにPC283が新設されました。PC(Project Committee)というのはTC(Technical Committee)と異なり、一つの規格だけを扱う 規模の小さな技術専門委員会のことです。 初回の会議はイギリスで行われました。以来、モロッコ、ドバイ、トリニダートトバ コ、そしてアイルランドと国際会議が開かれてきました。 現時点、ISO45001 はDIS(Draft International Standard)にいくことが承認された状 態にいます。ダブリンでもDISに向けての規格作成への基礎検討がされました。 当然のことですが、CD(Committee Draft:委員会原案)がベースとなって検討がさ れましたが、次回9月の会議までに、各国は規格内容の検討をしていくことが要請さ れた状況になっています。 次回は、規格の中から重要と思われる懸案事項をお話ししたいと思います。
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附属書SLに現れる「リスクと機会」 | 平林良人の『つなげるツボ』
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.78■□■
*** 附属書SLに現れる「リスクと機会」***
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■□■IS031000と附属書SLとの関係■□■
フォーラムの続きです
(昨年テクノファ年次フォーラムでは附属書SLに関して、
有識者の方に集まっていただいてパネルディスカッションを
行いました)。
フォーラムの時の様子をお伝えしますが、出席者の方の発言は
平林の責任で編集させていただいています。
平林(テクノファ):
ではこれまでいろいろな規格で話に出てきた「リスク」に関して、
野口さんにIS031000における定義を含めてご紹介いただきたいと
思います。
野口和彦さん(日本代表委員三菱総合研究所 研究理事):
IS031000と附属書SLとの関係については、幾つかの観点があり、
複雑な立場にいます。
今回、附属書SLにおいてISOマネジメントシステムに
リスクという概念が採用されたのでIS031000の位置付けが
ISOマネジメントシステム規格関係者の間で大きくなりました。
ただ、ご存知のとおり
IS031000はマネジメントシステム規格ではないので、
IS031000の立場からみると附属書SLはIS031000を
縛る存在ではありません。
今回、附属書SLにおいてリスクという言葉を定義する際に
IS031000を使用してもらったのですが、
そこでは幾点か議論があったと聞いています。
平林解説:
ISO31000は2009年にISOから発行された規格で
”Risk management – Principles and guidelines
(リスクマネジメント-原則及び指針)”というタイトルで、
タイプBといわれるガイド規格であり、
要求事項が入っているタイプAの規格ではありません。
また、組織がリスクを取り扱う場合の推奨事項を記述しており、
マネジメントシステム規格に分類されるものでもありません。
次の特徴があります。
●リスクの定義が、2002年版の
”事象の発生確率と事象の結果の組み合わせ” から、
”目的に対して不確さが与える影響” に変更された。
●リスクマネジメントで使用される用語を幅広く掲載している。
掲載されている50の用語は、
それぞれの相関関係に基づき分類整理され定義されている。
リスクの定義を巡ってはISOとIECで議論の対立があり、
IECはこの規格から抜けたと言われている。
■□■相性の悪いポジティブorネガティブ■□■
野口さん:
議論の一つは「ポジティブorネガティブという、
両方の可能性があるというところに関する抵抗感」です。
附属書SLでは、定義においてリスクは
ポジティブorネガティブの両方の可能性があると言っていながら、
「6.1リスク及び機会への取り組み」においては、
リスクをネガティブな部分だけでとらえています。
平林解説:
附属書SL箇条3用語の定義3.09「リスク」では、定義の注記1に、
「影響とは,期待されていることから,好ましい方向又は
好ましくない方向にかい(乖)離することをいう」という
記述があります。
この記述から「リスクおける影響」には、
好ましいもの(ポジティブ:positive)と、
好ましくないも(ネガティブ:negative)の両方があると
理解されています。
野口さん:
二つ目は、附属書SLは、
IS031000のリスクの定義をそのまま使用しておらず
一部を使っていることに関する議論です。
IS031000ではリスクは「ある目的に対する不確かさの影響」ですが、
附属書SLでは「目的に対する」という個所が取られています。
これは概念に不備があったわけではなく、
IS031000で目的はObjectiveという単語を使っていますが、
このObjectiveがマネジメントシステム規格ではかなり狭い意味で
使われているケースがあり、誤解を生みかねないからだそうです。
「リスクとはそんなに小さなものではない、もっと大きいものである、
組織や社会のそもそもの目的に対する不確かさの影響であり、
Objectiveでは狭すぎる」というわけです。
規格作成は、通常、全体を4つくらいのグループ
(TG:Task Groupなどと呼ばれる)で分担して、策定作業を進めます。
4つぐらいのグループが各箇条を並行して作成していますと
どうしても横のつながりが悪くなります。
最後にリーダーを中心にして、
全員で全体の整合を確認するという進め方が多いのです。
おそらくこの6.1を担当したグループにおいては、
たまたま「古いリスクの概念のまま進められ」見直されずに
そのまま残ってしまったケースだったのでしょう。
平林解説:
一つの規格を作成するには膨大は人的労力が必要になります。
数十人の専門家が一つのテーブルで議論を進めていく
不効率さを無くすため、普通は4~5チームに分けて、
それぞれが規格の一部を対象にして議論を進めます。
現在私が属しているPC283(労働安全衛生ISO45001規格)でも
5チームにわけて議論が進められています。
■□■相性の良い組織の状況の理解■□■
野口さん:
反対に相性がよさそうな点としては、
例えば附属書SLの「4.1組織及びその状況の理解.」と
「4.2利害関係者の二一ズ及び期待の理解」は、
まさしくIS031000で書かれている内容そのものです。
附属書SLの要求していることは、
「リスクは内外の状況によって変わるので、
その状況をしっかりと定義しなさい」、
また「リスクを分析する前に
しっかりとコミュニケーションをして利害関係者の
ニーズを把握しなさい」ということです。
この部分はまさにIS031000が主張していることと
重なっています。
こうした点などから附属書SLには
「組織を良くしていこう」という方向性がうかがえますが、
これはまさにIS031000と全く同じだと思います。
今紹介したことを踏まえて附属書SLの一つの形として
IS031000をご覧いただくと、
「組織及びその状況の理解」や「二一ズの期待」、
「リスク及び機会の取り組み」などの中身がより具体性を
もって見えてくると思います。
以上