ISO審査員が知っていると組織の背景を理解するに有益な情報をお伝えします。昨今の「人的資本開示の義務化」の動きについて説明しますが、この動きは人々の働き方に大きな変化を及ぼしますのでキャリアコンサルタントの方も知っておくと良いと思います。

2020年から始まった新型コロナウイルス感染症への対応も、まだ変種株が残るもの、収束に向かっています。この間に、雇用市場に関しては安定性と柔軟性を模索しながら、リモートワークが普及し、組織内での人々の物理的な結びつきが変質しました。結果、コロナ禍の影響だけではないと思いますが、多様な個人が活躍できるような、働き方を含めた人材戦略の在り方が改めて問われる社会情勢になったきました。

このトレンドの原動力になったのは、コロナ以外次のようなものがあります。
 ・産業の革命やグローバル化による産業構造の急激な変化
 ・少子高齢化や人生100年時代の到来
 ・個人のキャリア観の変化
 ・企業や個人を取り巻く環境への変化
 ・変化に迅速に対応していく変革力への要求
 ・テクノロジーの急速な進歩への対応
 ・多様化する顧客ニーズの取り込み
 ・従業員の安全を確保した上での事業継続 など

以上のような原動力は様々な経営上の課題となり、それらの課題は実際に事業を推進する人々すなわち人材面での課題と表裏一体となっています。企業は、経営戦略やビジネスモデルの変革と同時に、人材に関する戦略の在り方について見直しが迫られるようになりました。

加えて、企業にとっては、多様で優秀な人材の確保という観点から、働き手の個別のニーズへの対応や、魅力的な経験や機会(Employee Experience:従業員体験)の提供が大きな課題となっています。特に女性や高齢者、障害者、外国人といった多様な人材の登用、活躍が進んでおり、組織は働き手個人のキャリア観、価値観に適切に対応することが求められています。

また、「伊藤レポート2.0」でも示されたように、米国S&P500の市場価値の中で、有形資産が占める割合が年々少なくなっているとともに、1990年代後半から米国企業における無形資産への投資額が有形資産への投資額を上回り、その差が広がっています。 人的資本を含む無形資産が企業価値の源泉となる中、経営における人材や人材戦略の重要性はこれまで以上に増しており、国内外の経営トップも経営上重要な人材の確保等を重要なアジェンダと認識しています。

前回に続き富士通の人事改革の事例の続きを内閣官房資料から引用します。

( 段階での導入)
〇富士通ではジョブ型人事を 2 段階に分けて導入。2020 年 4 月に約 1 万 5000 人の管理職層に先行導入し、2022 年 4 月に約 4 万 5000人の非管理職層に導入した。

(今後は新卒入社者にもジョブ型人事を適用)
〇若手にもジョブ型人事を導入したほうが良いという考え方である。
〇従来は、新卒入社時は原則学歴別の初任給を適用し、新卒入社の1年後からジョブ型人事の対象としていた。これを改め、2026 年 4 月入社者からは、一律の初任給を廃止し、入社時よりジョブや職責の高さに応じた処遇を適用する。これにより、 富士通株式会社入社時より高度な専門性を必要とする職務を担うことができる人材には、それに応じた処遇を適用し、より優秀な人材の獲得につなげる考えである。

(責任権限・人材要件の明確化)

〇ジョブの基盤を整えるため、富士通は、グローバル共通の枠組みとして、ジョブ(ポ ジション)を「職種」と「等級」の組合せで分類する“Global Role Framework” を策定した。例えば、あるポジションでは、
[職種]ソリューションスペシャリスト ソリューションアーキテクチャ
[等級]レベル 10
と表現される形になる。従来の等級制度は、「コンピテンシー」(いわゆる「職能」 に近い考え)に基づき区分を設定していたが、新たな等級区分は、担っているジョブ(ポジション)の職責の大きさに即したものとし、年功要素は含まれない。
スキルや専門性などの「人」に紐づく要素により等級を決定するのではなく、ジョブ(ポジション)に基づき決定することで、年功的な運用を避ける仕組みとしている。
〇職務記述書の作成にあたっては、簡素化を意識した。まずは、市場でテンプレート化されているものに基づき 650 個のロール・プロファイル(Role Profile : 職種と等級ごとの標準的な役割の定義)を策定した。
職務記述書は、このロール・プロフ ァイルに、個々のジョブ(ポジション)の職務内容を記述することで完成する。
〇ジョブ型人事の導入に際しては、2 か月間で約 1 万 5000 人分の職務記述書を完成させた。職務記述書の記載ぶりについては、最初から完成度の高さは求めず、実際にポスティング等で使用する中でブラッシュアップをしていく方針とした。
〇最初から完成度の高さを求めないがゆえに、作成当初の段階では、外部人材にとって魅力的な職務記述書になっているわけではない。むしろ、具体的に外部人材の採用に向けて動き出す際に、その時点の職務記述書の内容を吟味し、より魅力的な内容に拡充することで、外部労働市場向けにも適したものにしていくという方法を採っている。

(シニアの活躍に向けた制度変更)
〇ジョブ型人事の導入と併せて、年齢により一律で役職から外れる「役職離任制度」 は廃止。役職から外れるか否かは、本人のパフォーマンス等により判断される「ポストオフ」制度を導入した。
〇また、管理職登用は、従来は所属長の推薦により決められていたが、後述のポスティングでの登用に変更した。
〇なお、一度役職から外れた社員でも、再度ポスティングに応募して合格すれば、管理職として活躍ができる。再チャレンジが可能な仕組みとすることで、人材の流動化と多様なキャリアの実現を促進している。

出典 https://www.cas.go.jp/ 内閣官房 JOB型人事指針

(つづく)平林良人