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組織にはそれぞれに固有な文化あるいは風土があると言われます。昨今の社会を揺るがしている品質不正の要因探索の議論においても「組織文化」が必ずと言ってもよく議論の俎上に上がってきます。多くの組織の理念や行動指針には「誠実」「コンプライアンス」がうたわれていますが、実践していない組織が多くあります。第三者委員会報告書の品質不正の対策には、個人の不正防止の「意識」や「行動」の確立、それらの総体としての組織の不正防止の「風土」や「文化」などの確立の記載がいくつか見られますが、その確立、醸成の仕方について具体的に踏み込んでいるものはほとんどありません。品質不正を許さない組織文化を確立、醸成するためには、人間個人は完全ではありませんので、組織として補完・担保するための工夫や仕掛けが必要となります。トップマネジメントは絶えざる強い意志の表示とともに、組織全体が品質不正を許さないという価値観を共有し、具体的な活動を繰り返し行う中で品質不正を防止する行動を礼讃する行動様式を定着させ、あらゆる事象でぶれることなく継続していくことが重要です。

ここでの目的は,文化はいくつかの異なったレベルで分析可能だということを示すことにある。ここで用いるレベルという言葉は,文化的現象が観察者にどの程度見えるかの程度を指す。文化が一体どんなものであるかを定義する際に生ずる混乱の一部は,文化がその姿を現わすさまざまなレベルをきちんと識別しないことから生じている。これらのレベルには,あなたが実際に見て,感ずる,きわめて実態がはっきり表明されたレベルから,深いところに定着し,意識にのぼらない,基本的な前提認識のレベル(私はこれを文化のエッセンスと呼んでいる)が含まれる。これらのふたつのレベルの中間には,さまざまな「信奉された価値観,規範,行動のルール」,つまりその文化に属するメンバーたちが,彼ら自身に向けて,あるいはほかの人たちに対して,その文化を説明する方法として使われている部分がある。
文化の研究者の多くは,文化のもっとも深いレベルを表現するために,基本的価値観(basic values)という言葉を好んで使っている。しかし私自身は,基本的前提認識(basic assumption)のほうを好んで使っている。何故なら,後者はグループのメンバーによって当然のこととして,また妥協の余地のないものとして受けとめられているからである。価値観のほうは,議論の対象として開かれており,人々はそれに賛成しても,賛成しなくともよい。しかし基本的前提認識のほうは,あまりに当然のこととして受けとめられているので,その前提認識を認めていない人たちがいれば,その人たちは「異邦人」または「おかしい人」と判断されて,グループから自動的に追放されるのだ。

出典 エトガー・H・シャイン「組織文化とリーダーシップ」2012年白桃書房

シャインはこの一節の最後で、「組織文化の基本的前提認識を認めていない人たちがいれば、その人たちは「異邦人」または「おかしい人」と判断されて、グループから自動的に追放されるのだ。」と主張しています。この一節から、組織文化とはここまで組織の中に徹底したものとして認識され、実在するものでなければならないというシャインの思いが理解されます。トップマネジメントが「こうしろ」と指示しても、契約/約束/法律に反していればトップマネジメントと言えども「異邦人」または「おかしい人」と判断されて、グループから自動的に追放されることになる、というわけです。
トップへの忖度という日本社会で多く議論されたこととは全く異なる世界の話のように思えますが、文化/風土の本質に触れた思いがします。シャインは、組織文化がどのようなレベルになっているのかをチェックする指標を示しています。

文化の分析のための3つの主要なレベル
1 人工の産物(artifact)
・可視的で,触わることができる構造とプロセス
・観察された行動
 -分析,解釈することは難しい
2.信奉された信条と価値観(espoused belief and values)
・理想像,ゴール,価値観,願望
・イデオロギー(理念)
・合理化(rationalization)
 -行動やその他の人工の産物と合致することも,しないこともある
3 基本的な深いところに保たれている前提認識(assumption)
・意識されずに当然のものとして抱かれている信条や価値観
 -行動,認知,思考,感情を律する
人工の産物
もっとも表層に現われるのは人工の産物(artifact)のレベルだ。ここには,われわれが見慣れない文化を備えた新しいグループに遭遇したときに,われわれが見て,聞いて,感ずる,すべての現象が含まれる。人工の産物には,グループの生みだす産物,たとえば物理的環境としての建造物,その言語,そのテクノロジーと製品,その美術的作品,そのスタイル(衣服,挨拶の仕方,感情表現等),組織について語り継がれた神話や物語,価値観について書きものとして残された文書,目に見える慣習やお祝いの行事といったものが含まれる。
これらの人工の産物のなかには,そのグループの「風土(climate)」も含まれる。文化に関する研究者のうちにはこの風土を文化と同等のものと見る人もいるけれども,この風土はより深いところの前提認識の一部の成果物,したがって文化のひとつの現われととらえたほうが適切であろう。また観察された行動も,またそのような行動が繰り返される組織プロセスも,人工の産物のひとつである。また憲章(chapter),組織がどのように機能するかを記した公式の文書,組織図といった構造的な側面も人工の産物レベルに属する。
 文化のこの表層レベルに関して指摘されるべきもっとも重要なポイントは,このレベルはきわめて観察しやすいけれども,同時に解釈がきわめて難しいという点だ。たとえばエジプト人もマヤ人も,ともにとても目につきやすいピラミッドを築いた。しかし,それぞれの文化におけるピラミッドについての意味は全く異なっていた。エジプトでは墓であるし,マヤでは寺院であり,墓でもあった。ということは観察者は見たこと,感じたことを記述することはできても,この観察だけからでは,そのグループではそれが一体何を意味しているのかを再構築することは不可能なのだ。また文化の研究者のなかには,人工の産物のなかに重要なシンボル,文化の深いところに存在する前提認識を反映するシンボルを含めるべきだと主張する人たちもいる。しかしシンボルは元来不明瞭なものであり,シンボルの分析を通じては,それが何を意味するかについてのある人物の洞察をテストすることしかできない。しかもその人物がもっとも深いところの前提認識のレベルでその文化を経験したことが必要条件となる(Gagliardi,1990,1999)。

出典 エトガー・H・シャイン「組織文化とリーダーシップ」2012年白桃書房

シャインは組織文化を評価する主要な指標を3つ上げています。
1. 人工の産物(artifact)
2.信奉された信条と価値観(espoused belief and values)
3.基本的な深いところに保たれている前提認識(assumption)
このうち「人工の産物」について興味深い説明をしています。人口の産物と言われると「一体なんなんだ」と思いますが、第三者(観察者)から見て一番わかりやすい部分をシャインは人工の産物と称しています。この人口の産物には組織風土(climate)」も含まれると言っています。我々は文化と風土という言葉をあまり区別せず、注意もせずに使っていますが、風土は文化の一部であると説明されると「そういうことかと」納得してしまいます。人によっては、風土と文化は同等のものでありどちらかがどちらに含まれるものではない、と考えるかもしれませんが、シャインは風土は文化のより深いところの前提認識の一部であると捉えています。外から観察される行動、プロセスも、そして組織規程、組織図も人工の産物としています。人工の産物で重要な点は、観察しやすいけれども、同時に解釈が難しいという点にあるとしています。例としてエジプトとマヤのピラミッドをあげ、ともに目につきやすい形であるが、それが何を意味するかは、エジプトでは墓であるとしていたが、マヤでは寺院としていたという例をあげています。

 また,人工の産物からのみ深いところに存在する前提認識を推量しようとする試みは,とくに危険なものとなる。というのは,ある個人の解釈は不可避的にその個人自身の感性と反応が投影されたものになるからだ。たとえばあなたがきわめてインフォーマルで,自由な組織を観察したときに,もしあなた自身が「インフォーマルである」ことは遊びほうけ,一所懸命働かないことを意味する前提認識の文化で育ってきている場合には,このグループを「非生産的」だと解釈するだろう。逆にあなたがきわめてフォーマルな組織を見たとき,あなた自身の経験が,フォーマリティー(形式偏重)は官僚主義と画一主義を意味するという前提認識にもとづいて築かれている場合には,その組織には「創造性が欠けている」と解釈するに違いない。

出典 エトガー・H・シャイン「組織文化とリーダーシップ」2012年白桃書房

(つづく)